光の示す道を
一周年企画
 隣国アウリーガェとの戦が終わり、凱旋の宴から数週間が経った。勝利したゼルディア王レオニスが直接支配するのではなく、アウリーガェが傘下に入るという形をとっただけマシだが、内務に関わる者はその処理に追われていた。それもどうにか一段落がつき、国付き賢者であるクルキスに二日間の休みが出来た。クルキスは久し振りに、恋人の部屋に向かっていた。戦が終わってから会うのは二度目だ。
 レオニスや大臣達と目指す、外から付け入られず内から崩れない、強い国。その為に必要不可欠な正規軍を、将軍ロンベルクはよく纏めてくれている。何れは彼の後を継ぐ副将軍ミケーレも、民を守る為に派軍する度、将軍と同じくその勇猛さを発揮する。彼の訓練は厳しいが決して無茶なものではなく、あまり愛想は無いが、部下には慕われていた。自らも休暇を取る事は殆ど無いミケーレだが、正規軍には褒美の一環として十日以上の纏まった休暇が与えられた。今ミケーレは、治安維持の為に順番で回ってくるそれの真っ只中。約束はしていないが、共に過ごせるだろう期待にクルキスは足を速めた。

 窓から差し込む月明りが、均整の取れたミケーレの体を照らす。呼吸を乱したその肩から滑り落ちた髪が、荒い息を繰り返すクルキスの顔の横に流れる。
「ん・・・・・・は、あ・・・・・・。」
 短くも深いキスの後、ミケーレは絡めていた指を解き、抱えていたクルキスの脚を離すと、覆い被さるように横になった。
「ぁっ。」
 クルキスは小さく声を上げて腰をくねらせた。果てたばかりの体は、まだ繋がったままである。
「まだ足りないか?」
 からかうように笑われて、クルキスはミケーレを睨みつけて身を捩った。
「抜け!」
「駄目だ。」
 まだ力が抜けている抵抗など簡単に抑えられ、身動きが出来なくなった。
「どれだけタフなんだ、お前は。」
 クルキスは頬を染め、上目にミケーレを睨んだ。ミケーレを尋ねたあの夜から殆ど部屋を出して貰えていない。風呂に入る時でさえ、ミケーレの腕の中だ。纏まった休みに普段の疲れが癒せたのは良い事だが、体力が有り余っている影響を一身に受けるクルキスはたまったものではない。
 だが、ミケーレは涼しい顔で言葉を返した。
「どれだけ俺を誘えば気が済むんだ、お前は。」
「さっ、誘った覚えは無い。」
 心外だと言わんばかりのクルキスのこめかみにキスを落とし、それだけでほだされた様に柔らかくなる瞳を見つめた。実際ここまでする気は無かったのだが、何故か歯止めがきかない。久し振りに長時間過ごせるとあっては、煽られる欲情を抑える理由も無かった。
「このまま、俺無しじゃ生きられない体になればいい。」
 ミケーレが冗談混じりにそう言うと、クルキスは笑ってミケーレを抱きしめた。昔は線が細く、クルキスより小柄だった体。背はともかく、今のミケーレの体格は血が滲む程重ねた鍛練の賜物である。自分を包むその体躯、直接体に伝わる鼓動に、今確かに此処にミケーレが居る事を実感して、クルキスは心から安堵していた。今でも夢のように思ってしまうのだ。失われる事だけは避けたかった命が、変わらない関係のまま傍に在る事を。
「今朝目覚めた時、ミケーレの腕の中に居た事が嬉しかった。お前が生きて、僕を許して、抱いてくれる。この幸せは、もう手放せないよ。この腕の中は誰にも譲りたくない。ミケーレこそ、僕無しじゃ生きられなくなればいい。」
 幸せそうに頬笑んで、クルキスは厚く綺麗な胸に吸い付いた。心臓の上に赤い花を咲かせてミケーレを見上げる。何時になく熱いその瞳に、ミケーレは心の奥にあった何かが穏やかに凪いだのを感じた。歯止めがきかなかった理由の一つが昇華された様な感覚。
「譲りたくないのは、腕の中だけか?」
 甘やかに煌いた青い瞳に、クルキスの心臓がとくりと跳ねた。自分を求め始めたミケーレの変化を体の中で感じ、無意識に応えている。楽しそうな声音の誘いを断るつもりは無かった。
「・・・・・・この髪も、その瞳も」
 大事なもののように髪を一房撮り、そっとくちづける。髪を手にしたまま体を伸ばして軽く唇を重ねた。
「この唇も、舌も・・・・・・」
 触れ合った唇を舐め、自分から中に舌を入れる。その中も自分のものだと、口腔を舐め上げる。自分からこんなキスをした事はなかった。何時もは恥ずかしいだけの吐息も水音も、今は気にならない。
「ん、ぁ・・・・・・指も」
 抱き締めるように腕を取り、その指先を口に含んだ。中で動かされる指は、舌に遊ばれているのか、それとも舌を弄んでいるのか。やがて口から這うように出たそれは顎に下り、ぬるりと首を伝ってクルキスの胸に色付く突起を摘んだ。ピクピクと背を反らせ、主張を強めていくミケーレを求める様に締め付ける。
「はっ・・・・・・あっ・・・・・・、脚の先まで、全部・・・・・・んあっ。」
 ぐ、と深く押入ってきた熱に、クルキスの声が艶を増す。快楽に濡れた瞳で恍惚とミケーレを見上げ、クルキスはその広い背中に腕を回し、広げられた足をミケーレの腰に絡ませた。
「・・・・・・ああっ・・・・・・ミケーレ・・・・・・この体も、お前の魂も、全部・・・・・・っ。誰にも、渡したくないよ。・・・・・・そう思う、・・・・・・んっ、くらいなら、良いだろ・・・・・・?」
 息を乱し少し掠れた声で告げられた想いに、ミケーレは満足気に笑みを浮かべて真っ赤な頬にキスを落とした。
「当然だ。」
 感情は自然と生まれてくるものだ。その赴くままに行動して良いかは別だが、現実はどうあれ、想いだけは自由の筈だ。
 密着するように抱き締め、腹に当たる欲を擦るように腰を揺らせば、クルキスもまた腰を擦り付けてくる。貫く度に「もっと」と締め付けてくる淫らな恋人を満足させるべく、ギリギリまで引き抜いて勢いよく奥まで満たした。そうする事で自分も満たされ、更に熱くクルキスの全てを暴いていく。
 薄く開いた唇から覗く赤い舌と、零れる嬌声。しがみついてくる腕と、激しく揺さ振られて尚絡みついてくる脚。全てに煽られ、目尻に溜まった涙を舐め取った。甘く切ない声で限界を訴えられ、一緒に、と強請られる。自分を虜にしてやまない、白く甘い果実。
 一際高く鳴いたクルキスが全身を震わせた瞬間、ミケーレもまた最奥に蜜を注いでいた。

 その日の夜、それこそ寝返りもやっとなクルキスを連れ出して後から抱き締めるように馬に乗せ、ミケーレはゆっくりと馬を歩かせていた。向かう先は教会である。二日間も部屋に篭っていた所為か、外の空気がとても久し振りに感じた。
「お前が教会に行きたいなんて珍しいな、ミケーレ。あまり神を信じていないだろう?」
「恋人の為に体を張った賢者が、多忙を推してまで毎日祈った神だからな。しかも再会した場所だからと言うのが理由とあっては、俺からも感謝の祈りを捧げないと撥が当たりそうだ。俺は随分いじらしい恋人を持ったもの―――ぶっ。」
 クルキスは赤く染まった顔を勢いよく後に逸らし、面白そうに口角を上げるミケーレの顎を打った。ゴチ、という音と共にミケーレがうめく。頭部よりも違う所に感じる痛みに、クルキスは更に機嫌を損ねた。
「どっかの副将軍だって、隊長に指示だけ残して単独で動いたくせに。敵と対峙する僕を助ける為に隠し通路を使って一人で王座の間に乗り込んだなんて、僕がフォローしなかったら咎められてたよ?」
「それは・・・・・・感謝している。・・・・・・只待つ、というのは、辛いものだな。分かっているつもりだったが、今回の事で改めてそう感じた。」
 守るどころか背中を合わせる事も出来ず、リアルタイムで安否を確認する事もままならない。何も出来ずに無事を願うだけなど、ミケーレには耐えられなかった。
「分かれば宜しい。」
 満足げに頷いて、クルキスは夜空を見上げた。晴れ渡る藍色の空の上では、斜めに掲げられた十字の星座が優しく煌き、戦の時には欠けていた満月を指し示している。蒼月の囁くような光の中、少し冷たい夜風が二人に花の香りを届けた。
 教会の門を潜り、痛みに眉を顰めるクルキスが降りるのを手伝ってから馬を木に繋いだ。支える為に腕を組んで歩いても、深夜の教会に人は居ない。外でのそんな行為に慣れず、思わず揃って照れた笑みを交わしていた。その侭中に入ると、神像の御前に伸びた絨毯が二人を迎える。
「覚えてるか? 俺達、付き合って一年になるな。」
「あ、そうだ・・・・・・!」
 戦の前はそれどころではなかったし、終わってからも忙しくて忘れていた。
「知り合ってからは・・・・・・どれくらいになるんだろうな。」
「それこそ十年以上だよね。」
「俺は、お前が居たから厳しい訓練に耐えられた。お前の描く未来をより傍で支える為に上を目指した。お前が居なかったら只の乱暴者に成り下がっていただろうな。」
 ミケーレに支えられてゆっくりと歩きながら見上げれば、懐かしむ様に僅かに目を細める整った顔。
「僕は、あの日のミケーレに会ったから国付きの賢者を目指したし、訓練に励むお前の姿に何度も励まされた。お前が居なければ、今の僕は在り得ないよ。」
 互いに意識しあい、高めあい、ここまで来た。今までも、そしてこれからも、心が生きていく為に必要不可欠な存在。
 神像の前に着くと、ミケーレはポケットから、しゃら、という音と共に出した物をクルキスに見せた。
「記念だ。」
 それは、雫型の石がついたチョーカーだった。古代から希少とされる守護石で、その美しさは、どんな天使でさえも嫉妬と羨望の溜息を零すと言われている。採掘出来る場所が極僅かの為あまり出回っておらず、加工の為の高い技術は、ゼルディア近辺ではシェマリー族の職人にのみ伝えられている。アウリーガェとのいざこざが絶えなかったのもその所為だ。
幾らミケーレがシェマリー族でも、そんなに簡単に入手出来る物ではない。貴重な物をわざわざ用意してくれていた事に、クルキスは心底驚いた。
「有難う。・・・・・・ごめん、僕何も・・・・・・。」
 ミケーレはクルキスを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「夕べからたっぷりお前を貰ってる。」
「ッ・・・・・・。」
 艶のある声が甘く背中に抜けていく。気付くとチョーカーが首にかけられていた。そっと石に触れ、少しひやりとした感触を確かめる。胸の奥が熱くなって目を伏せた。
 一人で先走った挙句、ミケーレを傷付けてしまった。それでもまだ、並んで立つ事が出来る。恋人として、大切にしてくれている。それは当たり前のような、特別な事。
「本当に、有難う。・・・・・・一生、大事にするよ。」
 思いを噛締めながら目を開き、クルキスは大きな掌に自分のそれを重ねた。
「ミケーレが大好きだよ。何時かミケーレが僕を必要としなくなる時まで、絶対に離れない。」
「何時か死んで生まれ変わったって、そんな事は有り得ない。二度と俺から離れるな。」
 ミケーレが甘く綻んだ唇を寄せ、クルキスは幸せそうに目を閉じた。
 仰々しく愛を誓う為の華やかな儀式など、出来なくても構わなかった。二人が共に在る為に必要なのは、契約書ではない。
 神に見守られ、二人は誓いのキスをした。










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