消えない花
一周年企画
 今迄の鎌治には無かった強さを、音色から感じたよ。お姉さんの事は、直ぐには受け止めきれないと思う。だけど、前を見る鎌治の姿を、お姉さんはきっと喜んでるよ。……勿論、俺もね。鎌治の音の優しさに、俺、凄く癒された。天国でも愛されるような音色、聴かせてくれて有難う。
 そう言って頬笑んだ君のあたたかさを、今もよく覚えている。
 終業式を待たずにはっちゃんは旅立ち、再会を果たしたのはそれから半年以上経った夏の終わり。その時初めて打ち明けられたはっちゃんの想いに、僕は泣いてしまった。僕もずっと、はっちゃんだけを想っていたから。
 集まれた皆ではっちゃんの卒業式をした後は花火大会になって、何だかめちゃくちゃな事になりながらも皆で楽しんだ。
 あれから一年。はっちゃんとは、たまに途切れるメールとたまに掛かってくる電話で繋がっている。彼が学園から旅立ってから、会えたのは数回。何だか僕は、はっちゃんの体の心配ばかりしている。

「取手クン! はい、次ッ。」
 明るい声に我に返ると、にっこり笑った八千穂さんが新しい花火を持っていた。
「有難う……。」
 新しい花火を受け取って、そのまま八千穂さんの花火から火を貰う。
「まだあっちに沢山有るんだよ! あたし貰ってくるねッ。」
 八千穂さんは、側に居た白岐さんにも手を振って、火がついた花火を持ったまま元気良く走って行った。それを雛川先生とルイ先生が笑いながら注意する。
 第二回花火大会と銘打って、今年も皆で阿門邸に集まっていた。殆ど皆浴衣姿で、その中には久し振りのはっちゃんの姿もある。皆に囲まれて笑う君は、あの頃と変わらない。隣に皆守君がいる事も。それを離れた所から見る自分に、軽い既視感を覚えた。
 パンパンパン!!
「きゃあぁぁぁッ。」
 突然、ネズミ花火の音と共に、高い悲鳴を上げた何かがベッタリと飛び付いてきた。後ろによろけながら、どうにかそれを支える。何故か背中に悪寒が走った。
「鎌治くぅ〜んッ、茂美びっくりしちゃったわァ〜。」
 恐々下を向くと、朱堂君がコアラの様に両手両足で僕に抱き着いていた。片手で緩めの合わせを更に開きながら、器用にクネクネと体を動かされ、思わず硬直する。
「フフ……やっぱり良い香ッ。さぁアナタ……アタシを安心、さ・せ・てェェッ!」
 急に野太くなった語尾にビクリと体が震えた。胸元からぐっと顔を近付けられても動けない。嫌な汗が滝の様に流れ、心の中で必死にはっちゃんを呼んだ。目を閉じて唇を尖らせた、朱堂君の顔が大きく迫って―――。
「万死ッ!!」
「ぅぐほぁッ!」
 ―――飛んでいった。
「かっちゃん?! 大丈夫ッ?」
 目の前には、大好きなはっちゃんの顔。
「…………は、っちゃ、ん……………。」
「うん。」
 僕の浴衣を直し、背を撫でて心配気に見あげてくるはっちゃんを抱きしめたくて、強張った腕を動かした。ギシギシと音が鳴りそうだ。低い肩口に顔を埋めて息をつく。
「……………恐かった………。」
「うん。もう大丈夫だよ。」
 何が起こっていたのか、取り敢えず今は考えない事にした。抱きしめてくれるはっちゃんの体をきゅっと抱きしめ返し、もう一度深呼吸して体を離す。
「有難う。お陰で落ち着いたよ。」
 微笑むとはっちゃんも安心したように笑って、それからずっと側に居てくれた。はっちゃんが誰かに引っ張られた時はさり気なく皆守君が側に居てくれて、今もお母さん体質な事に何だか安心する。白岐さんも皆守君も、雰囲気が随分柔らかくなった。
 夷澤君のお尻を両手で揉んだ朱堂君が、神鳳君に射られたり。墨木君が仕掛けたらしい罠をかい潜る真里野君が、火の付いた導火線を一太刀で切ったかと思えば、そんな真里野君に勝利のキスをしようとした朱堂君が墨木君に撃たれたり。黒塚君は、はっちゃんのお土産の石を両手に上機嫌で歌い踊っている。千貫さんが火を付けた打上花火を、阿門君と双樹さんが寄り添い合って眺めていた。朱堂君に押し倒されたトト君が、八千穂さんのスマッシュに助けられたり。その直後、ハサミやら小石やらに物凄い勢いで追い掛けられて、そんな皆の周りを逃げ走っていたり。相変わらず嵐のような朱堂君は、最後には椎名さんの小型爆弾と爆竹の上で踊っていた。
 やっぱり今年の花火大会も何だか目茶苦茶だけど、賑やかで楽しい。

 花火が残り少なくなった頃、線香花火を持ったはっちゃんが僕の手を引いて、皆から離れた所にしゃがんだ。騒ぐ皆を見るはっちゃんの瞳がとても優しい。
「ねえ、はっちゃん。この景色の中には、はっちゃんが来る前迄それぞれが抱えていた闇は、何処にも無いだろう? 僕はそれが一番嬉しいんだ。こうして皆と……はっちゃんと一緒に居ると、今日此処に来れなかった人達も一緒に居るような、不思議な気分になる。それはきっと、皆の中にはっちゃんが居て、はっちゃんの中にも皆が居るから……だね。僕はきっと、それを感じているんだ。」
「かっちゃん……。」
 はっちゃんは優しく笑った後、悪戯っ子みたいな目で僕に軽く手招きした。0.5人分の隙間を詰めて、まだ手招きするはっちゃんに顔を近付ける。
「何だい?」
 首を傾げると、はっちゃんがスッと顔を寄せた。僕の唇に、柔らかなものが一瞬だけ触れて離れていく。
「俺の中に居る一番大きな存在は、かっちゃんだよ。行ってきますもただいまも、かっちゃんが居るから言えるんだ。皆の事は好きだけど、恋愛の好きはかっちゃんだけ。ドキドキしながらメールのやり取りするのも、ずっと声を聞いていたいのも、真っ先に会いたくなるのも、離れたくないと思うのも……。何時だって、かっちゃんだけだよ。」
 突然の事に驚いた僕は、自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「……去年もこんな風に、突然の告白だったね。」
 照れ笑いして、僕は真っ直ぐにはっちゃんを見つめ返した。
「僕も、はっちゃんが好きだよ。だから何時もはっちゃんの身を心配してる。……でも僕は、君が《宝探屋》である事も含めて好きになったんだ。だからもっと強くなって、はっちゃんの居場所になりたい。行ってらっしゃいもお帰りも、必ず言える位置に居たい。」
 想い焦がれてるのは僕だけかもしれない、とか。遺跡に夢中になるあまり何時か僕を忘れてしまうかもしれない、とか。そんな不安が、本当は沢山ある。でもはっちゃんだって、会えない事を何とも思っていない筈無かったね。僕は信じなきゃいけない、大切なはっちゃんがくれた、大切な想いを。
「待つのも辛いだろうけど、これからも堪えてくれる? 宝探屋の恋人でいてくれる?」
 少しだけ不安そうな、だけど強く輝く瞳。何時も僕の中心にある光。
「勿論だよ。」
 僕は笑って、そっとキスをした。去年君が特別な想いをくれたこの日に、約束するよ、はっちゃん。君に相応しい強さで隣に立つ事を。

「さっき聞いたんだけど、線香花火の火種が最後まで落ちなければ、願が叶うんだって。」
 そう言って笑うはっちゃんが手を重ねてきて、二人で一つの線香花火を持った。だって願は同じだから。そうして線香花火が最後まで燃えた時、僕達はお祝いのキスをした。

 何処か上の方で、「アタシの九龍ちゃんがぁァッ」と叫ぶ声が聞こえた気がした。










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