Anniversary
一周年企画
初夏の風がさわやかに吹き抜ける。
まだはっきりとした目覚めが訪れないカイリに、風の精霊シルフたちはじゃれるように周囲を飛び回っていた。
いつもは気ままに去って行く彼らが、今日に限ってはなかなか離れない。
どうしたのだろうかと寝ぼけた頭を傾ける。が。
(ああ、だめだ。朝は頭が働かない・・・)
ぼんやりと精霊たちを眺めるに留まる思考。それにしばしの時間費やしているとトントン。とドアをノックする音が響いた。
「先生?」
次いで聞こえてきた子供特有の高めの声。
「先生。朝ですよ。起きてください」
ウォルスだと、認識すると同時に意識がはっきりと覚醒する。
返事をしようと口を開きかけた時、精霊たちの囁きが聞こえてきた。
「・・・え?」
いつもなら適当に聞き流せる内容のものだけど、今届いたそれは聞き流せるものではなく。
「先生? せーんせーっ」
ドンドンっと少し強めに叩かれるドア。
「・・・・・・先生! いい加減に起きてください!」
返事のないカイリに痺れを切らせたウォルスがバタンッとドアを開けた。
「・・・あれ?」
眉を吊り上げて中に踏み込んできた弟子と目が合う。
彼は寝ていると思っていたカイリが起きてこちらを見ていたことに驚いたようだった。
「先生?」
翠色の大き目の瞳。子供らしいまろみのある頬。
けれど、少し掠れ始めた声と、伸び始めた身長が一年前の彼とは違う事をカイリに教えていた。
「そっか・・・もう一年なんだ・・・」
じっと見つめられ、居心地が悪そうに眉をひそめている姿すら、一年前にはなかったもので。
(ウォルスが僕のところにきて一年・・・。今日はウォルスが僕の弟子になった日なんだ)
精霊たちがさざめく。
二人の周りを楽しそうに舞う彼らに小さく「教えてくれてありがとう」と呟くと、カイリはようやくベッドから抜け出した。
「おはよう、ウォルス君」
「・・・おはようございます」
精霊たちがいつもよりもざわめいているのを感じたのだろう。少し戸惑う様子でこちらを見上げる弟子の頭を撫でる。
「朝食、できているんでしょう?」
「あ、はい」
「では、行きましょうか」
にっこりと、笑みを浮かべて促す。
「珍しいですね。ぼくが起こしに行く前に目が覚めているなんて」
「あはは・・・」
「精霊たちが騒いでいたようですけど、なにかあったんですか?」
いつもならウォルスが起こしに行くまで夢の中を漂っているカイリが珍しくしっかりと目覚めている理由を精霊たちに結びつけたのは鋭い。
さすがは我が弟子。
と、目を細めつつ、カイリは笑みを深めた。
「ふふふ。今日はね、とてもいい日なんだよ」
「いい日、ですか?」
「そう。何か思いつかない?」
問い掛けてみるが、ウォルスは考えるようにしばし目を伏せていたがやがて首を横に振った。
「いえ。ぼくには・・・」
「そっか」
それはそれで残念なのだが、自分も忘れていたのでそれはお相子ということで納得する。
(これは本当にシルフたちに感謝だな)
彼らが教えてくれなければ二人とも気がつかずにこの日を終えていただろうから。
「あ、ウォルス君。今日、急に仕事が一つ入ってしまったので、修行はお休みします」
二人でウォルスの作ってくれた朝食をたいらげたところで、カイリはウォルスにそう告げた。
「・・・お休み、ですか。ずいぶんと急な仕事なんですね」
「うん。ごめんね」
それ以上、語らない師匠に心得たように頷く。
「いえ。分かりました」
「あ、それと、今夜出かけるから、ウォルス君も準備をしておいてね」
「え・・・ぼくもですか?」
「そうだよ」
ふふふ。と思わず意味ありげな笑みを浮かべてしまう。
いぶかしげに顰められた眉に苦笑を零したカイリは、さてと立ち上がった。
「じゃ、また後でね」
「・・・はぁ」
納得しかねている様子のウォルスを残し、カイリは自室へと足早に戻る。
「さて、今日は忙しいぞっ」
ささっと仕事着に着替えると、自室の隣にある仕事部屋へと続く扉を開けたのだった。
(一日あいてしまった・・・)
カチャリ。と音を立てつつ空になった食器を片付けながら、ウォルスは空いてしまった時間をどうするかを考える。
掃除をして。洗濯をして。
それだけでは到底一日を費やす事はできない。
ならば、修行はなくても、魔導書を読んで予習復習をする事は悪い事ではあるまい。
さすがに実践の予習は危なくてできないが、復習ぐらいならいいだろうと、頷く。
それにしても、今日のカイリはなんだか様子がいつもと違っていた。
朝は自分で起きていたし、朝食だって起きているんだか寝ているんだかわからない様子で平らげているのに。
一日の予定だってこんな風に急遽変更するのも初めてだ。
違うと言えば、精霊たちの様子も。
カイリのように精霊たちの言葉はわからないし、その存在もなんとなくいるかも?ぐらいにしかわからないのだが、なんだか今日はいつにもまして精霊たちがざわめいているような気がするのだ。
そのあたりカイリは笑うばかりではっきり答えてはくれなかったけど。
「とりあえず、修行」
むんっと気合を入れて片手に魔導書を持ち庭へと向かった。
『深遠より出でし紅蓮の炎を司りしサラマンダーよ。契約に従い我の元にその力を授けよ。oyradnnamaras ineraw owarakit・・・』
聞きなれた声と詠唱と共に、カタカタとかすかに揺れた窓の音でふとカイリは我に返る。
ずいぶんと集中していたようで、窓の外から見える太陽は真上に近かった。
『深遠より出でし紅蓮の炎を司りしサラマンダーよ。契約に従い我の元にその力を授けよ。oyradnnamaras ineraw owarakit・・・』
再び先ほどと同じ詠唱と、それにより引き寄せられた力が窓を揺らす。
「まったく・・・」
休みだと言ったのに、自主的に修行するなんてなんと勤勉家なのだろうか。
カイリはウォルスの様子を伺おうと庭へと続く窓から顔を出した。
ウォルスは両手を胸の前で合わせ、静かに深呼吸をしていた。
1回。2回。・・・3回。
彼の周りの空気が研ぎ澄まされていく。
ぴりぴりと純度の高い魔力がウォルスを包み込んでいた。
(相変わらず、魔力量が多いなぁ・・・)
思わす苦笑する。
ウォルスはどうも魔力量のセーブが苦手のようで、ほんの少量の魔力で済む魔法も、全力で放出してしまうのだ。
以前、マッチに魔法で火をつけてみろと指示したところ、放たれた力が大きすぎてマッチは一瞬にして灰。それどころかマッチを立てておいた木製の台にまで引火し、あわや大惨事になるところだったのだった。
その経緯があり、現在は魔力量のセーブする訓練をさせているのだが。
『・・・深遠より出でし紅蓮の炎を司りしサラマンダーよ。契約に従い我の元にその力を授けよ。oyradnnamaras ineraw owarakit・・・』
詠唱を終えると、彼が纏っていた魔力が両掌の中心に集まり始める。
徐々に大きくなる炎の塊。
上手く制御できないのか、ウォルスが歯を食いしばって必死になっているのが見て取れる。
「!」
キケンだ。
制御能力に対して魔力量が多すぎる。
(暴走するっ!)
このままではウォルスが火だるまになりかねない。
察した瞬間、カイリは瞬時に魔力を高めた。
「ウンディーネ!」
水の精霊を呼び寄せ、片手に集めた魔力を放出すると、水の気配を纏ったそれはすばやく炎の塊に絡み包み込んでゆく。
その時にはすでに力尽きたウォルスが地面に崩れ落ちて呆然とその様を見つめていた。
やがて、炎は水によって相殺され、空気中へと散っていった。
ほっと、息をつく。
「・・・先生」
「ウォルス君、無事?」
庭に出て、彼の様子を伺う。
どうやら怪我はないようだ。ずいぶんと疲れているようだけれど。
「あのっ。すみません! ありがとうございました!」
ふらつきながらも立ち上がって頭を下げる彼に軽くゲンコツを食らわす。
「こーら! 前にも言ったよね。疲れた状態で魔法を使うなって」
「はい・・・」
「ただでさえ制御が難しくなるのに、その制御が苦手な君が、疲れた状態で魔力を放出しらたらどうなると思う?」
「すみません・・・」
「怪我がなくて良かったけど、もう少し、自分の状態を把握する事。過信しない事。いい?」
「・・・はい」
「ん。よし! お説教はここまで。本当に、無事でよかった」
すっかり消沈してしまったウォルスの頭を撫でる。
「さて、ウォルス君。お腹すかないかい?」
「え?」
「もう、お昼だよ。ご飯を食べよう?」
ようやく顔をあげた弟子に笑顔を向ける。
お腹がすいたと腹部を撫でると彼ははにかむような笑みを返してくれた。
二人で昼食を作って、つかの間の休憩の後、カイリは引き続き仕事へ。
ウォルスは疲れを癒す為に自室で休養を取る事になった。
ベッドに横になると、とたんに体が重くなって腕を動かすのも面倒に思うほど疲労で参っている事を思い知る。
先程までカイリと普通に食事をしていたのに。
「はぁ・・・」
体が望むままに目を閉じる。
そうして脳裏の思い出されるのは先程の失敗。自分で紡いだ魔力を支えきれなくて暴走させてしまった。
それを難なく鎮めてしまったカイリの鮮やかな手際。
未熟な魔法使いの力を封じるなんて一流の魔法使いにはたやすい事だけれど。
(本当にあの人はすごい)
たった一言、呼びかけるだけで発動する魔法。それができるのは世界でカイリただ1人と言われている。
本当にすごい人が師匠なんだな。と改めて実感した。
それに。と眠りに入りかけながら思う。
(・・・先生。やっぱりキレイだった)
キラキラと輝かんばかりの魔力に包まれたカイリは、やはりウォルスの心を揺さぶる何かがある。
(どうして、なん・・・ろ・・・・・)
胸にある不可思議な熱。
まだ幼い自分では理解できない感情があるのは確かな事だった。
けれど今は。
(も・・・寝よ・・・・・・)
ウォルスが疲労困憊なのを知っても尚、夜彼を伴って出かける予定を変更しなかったのだ。
ならば、しっかりと眠って体力を回復しておかなくてはならない。
ウォルスは訪れる眠りの世界へと抵抗することなく旅立ったのだった。
「できたっ」
目を輝かせ、顔を上げた時にはすでに外は茜色に染まっていた。
「ああ、そろそろ準備しなくちゃ」
ウォルスの様子はどうだろうか。
(昼間の様子では、ずいぶんと疲れている様子だったけれど)
少し考えて、とりあえず様子を伺ってから今夜どうするのか決めようと頷いた。
たどり着いた弟子の部屋のドアをコンコンと控えめにノックする。
しばらく返事を待つが、中からは物音一つしない。
「・・・う〜ん。まだ寝ているのかな?」
ならば無理に起こすのは忍びない。
何も今日でなければだめだという訳ではないのだ。
(・・・・・・本当は今日がいいんだけど)
本音をぽつりと呟く。
今日は記念日。ウォルスが弟子になった日。
まさかこの自分が、彼が弟子になった日を祝おうなんて思う日が来るなんて一年前には思いもしなかった。
こんな風に変化が起こっているなんて本当に不思議だ。
彼の存在一つで、あれだけ凍り付いていた心がほどけていく。
優しい気持ちを思い出していく。
きっとこれからも、彼は自分を変えていくのだろう。なんとなく、そんな予感がしていた。
だからこそ、この日を祝おうと思った。
(これからもよろしく。ってね)
それもあって、できれば今日がよかったのだが、無理をさせて体調を悪化させるわけにもいかない。
(また後日、ウォルスの様子をみて考えよう)
そうしよう。と自分を納得させるように頷いて、お茶でも飲もうとキッチンへと向かおうとした時、
「あ、先生。お仕事終わったんですか?」
「え?」
てっきり寝ていると思い込んでいた相手が、庭先で乾いた洗濯物を抱えているのを見て驚く。
「ウォルス君! 体は大丈夫なんですか?」
「はい。ぐっすり眠ったのでもう元気ですよ」
リビングのソファに場所を移し、手早く取り込んだ洗濯物を畳んでいく。
なんとも慣れた手つき。
ここに来たばかりの頃は家事なんて何一つできなかったのにと感心してしまう。それをさせたのは家事音痴のカイリのせいなのだが、それは考えないでおく。
「今夜、どこかに行かれるんですよね? ぼくなら大丈夫ですよ」
子供らしい快活な笑顔にほっと安心する。
「よーし。それじゃ、これからお弁当を作ろう。そうしたらシートを持って出発」
「お弁当に、シートですか?」
「そう」
にっこりと笑みを返せばウォルスは少し目を瞬いて考えている様子を見せたが「分かりましたと」と素直に頷いてくれた。
「ウォルス君、準備できたー?」
玄関口で声をかける。
肩には仕事用鞄を下げ、左手にはランチボックス。右手には光の魔法が封じ込められたランプを持ってカイリはウォルスを待っていた。
「はーい。今行きます」
バタバタとこちらに向かってくる足音。
そうしてはぁはぁと僅かに息を切らせてやってきたウォルスは外套を羽織り、背中には丸めたシートを背負っていた。
「ずいぶん大きいのを持ってきたね」
「これしかなかったんですよ」
「あれ? そうだった?」
「はい」
「そっか。じゃ、行こうか」
ドアを開けた先は、藍色の空が広がる夜の森。
「気をつけてね。もうずいぶんと暗いから」
「はい」
ランプを掲げ、足元に注意しながら森へと入っていく。
「これからどちらに行くんですか?」
「うん。ヒミツ」
至極もっともな問いに、にやっと笑って誤魔化す。ウォルスは少し膨れた様子だったが、それも進めばいずれ目的地も分かるだろうし、そうすればきっと機嫌が直るだろう。
そう思ってカイリは後を歩くウォルスの歩調に気をつけながら歩く。
そうしながら、
「シルフ、ノーム」
小さく呼びかけた。
するとふわりと微かな風を纏った風の精霊シルフと木々の根元や枝にちょこんと顔を出す土の精霊が姿を現す。
「何か異変があったら教えて?」
ほとんど吐息のような声でもしもの時の為にお願いすると、風と土の精霊たちは各々頷いて姿を消した。
これで、何かあったときに彼らが教えてくれる。
後はウォルスがちゃんと後をついてきているか自分が気をつければいい。
「先生? なにかあったんですか?」
「え? なんで? 何もないよ?」
「そうですか? 今精霊を呼んできた気がしたんですけど」
首をかしげるように言われて、内心驚く。
ほんのわずかの、ほとんどの魔法使いなら分からない程度の力を使っただけなのに気付かれてしまった。
やはりウォルスは精霊を感知する能力に長けている。それはすなわち魔法使いとしての素質が並ではないという事。
魔力量の多さも、きっとそれがあるからなのだろう。
「・・・夜の森は危ないから、精霊たちに協力をお願いしたんだよ」
「ああ。なるほど」
その才能に一抹の不安を覚えつつ、彼の疑問に対する答えを返せば、ウォルスは納得したように頷いた。
「さて、急ごう? もたもたしていたら夜中になってしまうからね」
弟子を促して、カイリは歩調を速める。
先の不安よりも、今は今やるべき事をしよう。
カイリは肩にかかった仕事鞄の中にあるモノを思い浮かべて微笑みを浮かべた。
そうして歩き続けて30分ほど。
たどり着いたのは二人にとって思いで深い湖だった。
「ここ・・・」
ウォルスが言葉少なく周囲を見渡す。
それをなんだか優しい気持ちで見つめて、持っていた荷物を降ろした。
「さ、シートひこう」
「あ、はい」
慌てて背中のシートを下ろして湖に程近い場所に広げる。そこにランチボックスと仕事鞄を置いた。
「先生。なんでここに?」
シートに腰掛けて、ランチボックスを開きながらウォルスは戸惑うように訊ねる。
「ウォルス君、今日ってなんの日か知ってる?」
「今日・・・。そういえば、今朝もそのような事を言っていましたよね」
考え込む少年にカイリは微笑みながら頷く。
「う〜ん。・・・何かありましたか? 思いつかないんですけど・・・」
申し訳なさそうに眉を寄せる。
そのあまりにも困ったような顔に、あんまりもったいぶるとかわいそうかな、と思ったカイリはいじめずに告げる事にした。
「ふふふ。実はね、今日はウォルス君が僕の弟子になった日なんだよ」
「・・・・・・・・・・えっ!?」
にっこりと笑みを浮かべて言えば、ウォルスは口を中途半端に開いたまま固まってしまった。
「・・・ウォルス君?」
呼びかければはっと目を瞬いて勢いよくカイリを見た。
「そ、そうなんですかっ?」
「そうだよ」
その反応に思わず笑みがこぼれる。
「す、すみません! ぼく気がつかなくて!」
「ああ。うん。実はね、僕も今朝知ったんだよ。だから、謝らないで」
頭を下げるウォルスに、カイリも申し訳なくなって正直に白状する。
「え?」
「朝、起きた時にシルフたちが教えてくれたんだ」
「あ・・・。それで精霊たちが騒いでいたんですか」
「そう」
にっこりと笑って頷く。
「でね。せっかくだし、二人でお祝いしようかと思ってここに来ようと思ったんだ」
「先生・・・」
暗がりの中でも、ウォルスが頬を少し染めて笑顔を浮かべているのが分かった。
(あ。その顔、それが見たかったんだよね)
つられるように笑顔を浮かべて微笑み合う。
「この場所、懐かしいですね。まだ、一年しか経っていないのに」
そっと湖を見つめるウォルスは、一年程前の出来事を思い出している様子だった。
「そうだね」
カイリも頷きながら思い出す。
この場所は、一年と少し前にカイリとウォルスが初めて出会った場所。
この出会いがあったからこそ、ウォルスはカイリの元に押しかけて強引に弟子にしろと詰め寄ったのだ。貴族の生まれなのにそれを捨ててまで。
(本当にこの子は、僕のなにが良かったんだろうね)
静かに笑みを浮かべて湖を見つめ続けるウォルスに苦笑を零しつつ、カイリは仕事鞄の中から高さ15センチ程の円形の透明な箱を取り出した。
その箱の中身は空っぽ。ただの空洞だった。
しかし。
『oyirakih etiodut erodayinerok』
小さく呟く。
すると小さい光が箱の中心に生まれた。
「先生、今・・・・・・」
詠唱に気がついてウォルスがこちらを振り返った瞬間。
箱の中の光がはじけるように周囲に広がった。
「!」
ウォルスが息を呑むのが分かった。
言葉もなく、ただ目を見開いて湖を見つめている。
「綺麗でしょう?」
そんなウォルスを見てからカイリもまた周囲を見つめる。
そこには無数の光が湖に浮いていた。
やがてそれに誘われるように光の精霊ウィル・オ・ウィスプが現れ、戯れるように光の間を飛び回る。
「これ・・・」
「うん。あの時、ウォルスが綺麗だって言ってくれた光の魔法。あれをね、このマジックボックスに封じ込めてみたんだ」
円形の箱、すなわちそれはマジックボックスだった。
「ランプみたいに光を宿すだけじゃなくて、それをボックスの外に散らす為の機能をつけたんだよ。・・・ボックスの外に魔力を出すとすぐに消えてしまうから、それをいかに持たせるのかっていうので時間がかかっちゃったんだけど。で、思いついたのが・・・見てて」
視線を湖に戻す。
するとそれまであった光が一つまた一つを消えていく中で、光が一つまた一つと増えていく。
「時間差で発動するようにしました」
「すごい・・・」
言葉少なく、けれど瞳を輝かせて見つめているウォルスに笑みを浮かべた。
「今回はけっこうな量の魔力を封じ込めたから、ここでご飯を食べている間は消えずにあるよ」
「はい・・・」
「でね。これ、ウォルス君にあげる」
「はい・・・って、ええっ!」
光に見入っていてもしかしてあんまり話を聞いていないかも、とは思っていたのだが、本当に聞いていなかったようだ。
「これ、記念日のプレゼント。これからもよろしくね、ウォルス君」
マジックボックスを差し出すと、ウォルスは恐る恐るといった様子で手を伸ばす。
「いいんですか? ぼく、なにも用意していないのに・・・」
「いいの。師匠から弟子へ、なんだから。弟子は大人しく貰っておきなさい」
「・・・・・・はい」
そっと両手で受け取り、カイリを見つめると、ウォルスは大事そうにそれを胸に抱き締めた。
「ありがとう、ございます。・・・本当に、嬉しいです」
「・・・うん」
もう、それだけで十分だった。
暖かい気持ちで胸がいっぱいだった。
(・・・喜んでくれてよかった)
ほっと胸をなでおろして、カイリは再び湖に視線を戻した。
これからもきっと、いろんな事がある。
それが分かるから、この先を考えると少し怖くて不安になる。
けれど、出会えた事を後悔したくないから。
だから、これからも長い時間を二人で過せたらいい。
いつか、離れる時が来ても互いの絆が離れないように。
カイリは静かに目を閉じる。
そこまでウォルスを受け入れているのかと笑いたくなった。
けれどそれは紛れもないカイリの真実。
誓いにも似た願いだった。
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