朝の風景
九龍妖魔學園紀 皆守+主
俺の部屋に目覚ましは無い。正確に言うなら、その機能を使った事は一度も無い。必要無いからだ。起きた時、起きたい時に起きればいい。
なのに。
「甲太郎〜! 朝だぞっ。起きろ〜!」
朝っぱらから、ドンドンとドアを叩かれる。こんな傍迷惑な奴は一人しか居ない。最近はずっとこうだ。俺は布団を被って二度寝を試みた。昨夕は遅くまで遺跡探索に付き合わされたんだ、起きてる場合じゃない。しかも俺は、この声の主―――葉佩が寝たのを気配で確かめてる。あの時間に寝ておいて、何で朝のチャイムが余裕なこの時間に起きてるんだ。俺は睡魔と戯れたいんだ、今日は放っといて貰おう。その為に鍵も付け替えたんだ。
「甲太郎〜? おーい。カレーの星に帰っちゃったのかー?」
何だそれは?! …いや、いい。俺は寝るんだ。構ってられるか。
ドアノブをガチャガチャさせながらドアを叩き、何事かを大声で言い続けていた葉佩が、急に静かになる。
カチッ。
小さな金属音と共に、ドアが開く音がした。続いて床を蹴る音。慌てて布団から顔を出した俺が見たのは、飛び付いて来る黒い影だった。
バフッと音をたててベッドに押し付けられ、俺は声にならない声で呻く。
「〜〜〜ッッ。」
「いないかと思った、甲太郎。朝だぞ、朝。学校行こう!」
何が楽しいのか、布団の上から抱き付く格好でニコニコと笑う。全体重を掛けて。
「…け…。」
「け?」
「重いッ。退けッ!」
掛かっていた布団ごと葉佩を膝で蹴り飛ばす。壁に当たって床に付いた葉佩は、脇腹を擦りながら頬を膨らませた。
「酷いよ甲太郎…。」
「葉佩。不法侵入してくんなって毎日言ってるだろ。」
「最後の手段だよ。そうしないと甲太郎起きないじゃないか。」
「朝から起こすな。」
「それじゃ一緒に学校行けない。」
「前より授業出てるし、一緒に遺跡探索してれば充分だろ? 一日くらい遅刻したって。」
布団を抱き締め、頬を膨らませた侭の葉佩は、無言で首を横に振った。一度やれば一日じゃ済まなくなるのが分かってるんだろう。短期間しか一緒に居ない割に、何かと構って来る所為か、葉佩は俺の性格をよく掴んでいる。こんな物好きは今迄いなかった。だから俺は、葉佩を暑苦しく感じるんだろうか。俺は軽く溜め息をついた。
「来いよ、葉佩。」
布団を羽織り、ズルズルと引き摺りながら葉佩が不思議そうに近付いて来る。俺はその腕を引っ張り、倒れてきた体を抱き留めた。
「こ、甲太郎?!」
さっきとほぼ同じ体勢。違うのは、間に布団が有るか無いかだ。
「一緒に寝ちまえば問題ないだろ?」
「…それはちょっと違う…。」
「屋上で寝てるのと同じだと思えよ。」
逆にこっちの方が、一日ずっと邪魔が入らなくていい。登校中も前も休み時間も、挙句は放課後まで、必ず誰かが葉佩に寄ってくる。その所為で二人でゆっくり話す時間も無いのに、葉佩は何時もヘラヘラ笑って相手をする。お陰で俺は苛々しっぱなしだ。
……何に?
「甲太郎?」
目の前で、葉佩が首を傾げた。黒いサラサラの髪。何時も何処か必死に俺を見てくる瞳。目が合うと、何故か安心したように笑う。遺跡に潜ってばっかりの、日に焼けない白い肌。照れたように少しだけ赤い頬と、柔らかそうな唇。
「絶対何でも無い。」
「何…うわっ。」
葉佩の後頭部を抑えて自分の脇に落とし、腕に力を込めた。すると、僅かに葉佩の体が強張る。
「どうした?」
「腕のトコ…さっき甲太郎が蹴ったトコ。あれ、普通の人ならまだ動けないぞ?」
あぁ、そういや脇腹にヒットしてたな。何の気なしにシャツを引っ張り出し、素肌に手を這わすと、葉佩がピクリと震えた。
「なっ、何?」
「…腫れてはないみたいだな。特に熱ももってないし、大丈夫だろ。」
出来るだけ優しく辺りを撫でて確認しながら言う間も、葉佩は体をよじらせる。
「何逃げてんだよ。」
「…違くて…。」
葉佩は首を振り、俺の首筋に抱きついてきた。…くすぐったいのか? それとも痣にでもなってるのか? そう思った、瞬間。
「…ぁっ…。」
至近距離だったからこそ聞こえた、小さな声。思わずピタリと手が止まる。
「………。」
「………。」
成る程…。
「ほ、ほら、時間になるだろ! ニヤけてないで仕度しろ馬鹿太郎!」
俺が何も言わないうちに体を離し、騒ぐその顔は真っ赤だった。こんな顔を見るのは、きっと俺だけだ。あんな声を聞くのも。…他の奴になんか、聞かせてたまるか。
「…九龍。」
起き上がると顔を近付け、再び素肌に手を這わせた。目を細め、ピクッと九龍が反応する。以外と触り心地がいい肌を撫で回し、耳元に唇を寄せた。
「明日も起こしに来いよ。じゃないと学校行かないからな?」
「…っ、馬鹿太郎!」
九龍は俺を押し返すと部屋の扉に向かった。
「早く着替えて来いよ!」
勢い良く扉を開けて出て行くが、気配はそこで止まっている。明日もきっと普通に起こしに来るだろう。
何故か浮上した気分に満足し、明日の朝はどう遊んでみようかと、俺は口許を歪ませた。
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