あなたの声が聞きたくて
九龍妖魔學園紀 皆守×主
「あ〜っもう! いつまでここにいればいいんだよ!」

 天香學園を去って早一週間。

 葉佩九龍は日本を発ち、ロゼッタ協会の本部にいた。

 当初、日本からそのまま次の遺跡へと向かう予定が、現地支部の手違いにより潜入先の手続きが完全に済んでいなかった為に一路、ロゼッタ協会へ。本部での足止めを余儀なくされたのだ。

 これならば天香學園にいた方が良かったのに!

 苛立ちも顕わにH.A.N.Tを起動させる。

 九龍がご機嫌斜めなのはなにも足止めを食らわされているからだけでなく、もう一つ原因があった。

 それは・・・。

(・・・やっぱり、来てない・・・・・・・)

 目的のものを確認すると、むむむっと眉を寄せる。

 それは、愛しい、愛しい人からの連絡。

 もう離れてからずいぶん経つというのに、彼からメールが一度も来ないのだ。

「・・・甲太郎ぅ」

 あの別れの日、ようやく九龍の気持ちを受け入れてくれたと思ったのに。

 皆守がくれた彼の大切な心。

 あれも嘘だったのか。

 別れを惜しむ自分を哀れに思ってせめて言葉だけでもと偽りを口にしたのか。

(そんなことない・・・)

 首を振り、己の中の不安をかき消す。

 皆守は優しい。

 本当に優しいからこそ、彼は気休めなど口にしない。

 九龍の想いが真剣であると受け止めた彼がいい加減な気持ちで想いを返すわけがないのだ。

「・・・信じてる」

 皆守の事を心から信じている。

 が! しかしっ!

 同じ想いだからといって九龍を放っておくのは違うのではないのだろうか!

 ずっと追いかけていた分だけ、相手からも気持ちを返して欲しいと思うもの。

 せめて離れてから最初のメール、もしくは電話は皆守からくれてもいいだろうと思うのは我侭だろうか。

 いや、我侭ではない!

 邪険に扱われても蹴られても、それでも想いを貫き通し命まで懸けたのだからそれぐらいのご褒美をくれたっていいじゃないかっ!

「決めた! 甲太郎から連絡が来るまでぜっっったい俺から連絡をするものか!」

 一週間も待ったのだ。

 後、一週間も二週間も待ったって同じ事。

 九龍はぐぐぐっと拳を掲げた。










 ところが、いざ待つと決めてからさらに一ヶ月以上が経つと、さすがの九龍も皆守の心変わりを心配するようになった。

 あの時の皆守の気持ちが偽りだとは今でも思わない。

 けれど、想いを通わせた相手をこれほど放っておく事ができるのだろうか。

(できない・・・と思う・・・けど・・・・・・)

 だとするなら、もう自分の事などどうでもいいのだろうかと不安が頭をもたげていた。

 新しい任務地の空の下、青い空を見上げて雲が流れていくのを眺めながら彼の人を想う。

 學園の屋上で気持ちよさそうに空を見上げていた姿を思い出して涙が出そうになった。

「声が聞きたいよ・・・こーちゃん」

 ぽつりと呟き、九龍はH.A.N.Tを抱き締めたのだった。










 それから数日、九龍は不安をかき消そうとがむしゃらに遺跡に向かっていた。しかし、己の体調を把握しきれず疲れた体で無理をした結果、思わぬ怪我を負いしばしの休養を余儀なくされたのだった。

(バカだ・・・俺)

 支給された仮の住まいのベッドに倒れ込む。

 現地スタッフからも叱咤され、プロらしからぬ自分の行動にひどく落ち込んだ九龍は、ベッドヘッドにおいてあるH.A.N.Tをぼんやりと眺めた。

(甲太郎・・・)

 甲太郎。甲太郎。甲太郎。甲太郎。甲太郎。

 何度心の中で呼びかけただろうか。

 祈りにも似た思いで彼からの連絡を待っているというのに。

(なんて冷たい奴だ・・・。こんなに、好きなのに・・・)

 枕に顔をうずめ、意識を闇に落としても浮かんでくる姿。

(學園にいた頃は何かとつまんない用事で呼びつけてきたクセにさっ。離れたらとたんにコレかよ)

 だんだんと腹が立ってくる。

 そうだ。

 學園にいた頃からやれカレーパンが食べたいだの、カレーパンを持って来いだの、マミーズまでカレーを食いにいくぞだの、カレーカレーうるさかったと言うのに!

「って、あれ?」

 むくり、九龍は一瞬頭の片隅で引っかかった何かを思い出しかけて思わず顔を上げる。

 アドレス・・・。

 そういえば天香學園にいた頃は學園専用サーバーで管理された専用のアドレスを使っていなかったか?

「あ・・・」

 さー・・・っと九龍の顔から血の気が引いてゆく。

 すでに學園から出ている九龍は当然そのアドレスは抹消されている訳で。

「あ・・・ああああああっ!」

 がばりっ!

 勢いよく体を起こした九龍は怪我の痛みなど忘れてH.A.N.Tを手に取った。

 あの最後の日、何かといろいろ立て込んでいてちょっと正常に話ができる状態になかった九龍は學園のものではない、プライベート用のアドレスを皆守に教えていなかったのではないだろうか。

 ということはつまりっ!

 つまりぃっ!!!

「やばいっ! やばいやばいやばいやばいっ!!!」

 不義理をしていたのは自分という事で。

「あわわわわわわっ!」

 転げ落ちるように設置された電話に向かった九龍は日本への国際電話をかけたのだった。













『・・・もしもし?』

「あ・・・・・・」

『・・・・・・・・・・』

「あの・・・甲太郎?」

『・・・・・・・・・・どちらさまでしょうか?』

「あああああっっっ! ごめん。ごめんなさいっ。本当にごめんなさいっ!」

『突然、見も知らぬ人に謝られても困るんだが・・・』

「あっ!うそっ!! 俺、俺です! 九龍です! 葉佩九龍!! あなたを愛するトレジャーハンターです!」

『・・・・・・・・・・』

「こーちゃぁん・・・っ」

『・・・・・・・・・・ったく。何の用だよ、今さら・・・』

「う・・・。すみません・・・。俺・・・うっかりこーちゃんにアドレス教えるの忘れてて・・・。しかも俺ってば離れてから最初の連絡はこーちゃんから欲しいなぁとか思ってて・・・。でも、こーちゃんにアドレスを教え忘れている事自体忘れてたから・・・」

『・・・バカだろおまえ』

「・・・・・・返す言葉もございません・・・」

『・・・・・・・・・・まあいい。元気にしているのか?』

「! ・・・・・・うんっ!元気! めちゃめちゃ元気!」

『そのようだな』

「うん。今、元気になったよ」

『・・・・・・・・・・』

「さっきまで、死にそうなほど寂しかった・・・」

『・・・・・・ああ』

「ごめんね、連絡が遅くなって」

『もういい。元気ならそれで・・・』

「こーちゃん・・・」

『・・・・・・お』

「? どうしたの?」

『うん? ああ、今日はバレンタインだぞ、九ちゃん』

「うそ! 俺何も用意してないし!」

『・・・別にそんなものは期待していないから気にするな』

「ええっ。だめだよ、そんなの! あ〜っ、ちょっと遅くなるけど絶対何か送るから!」

『だから、いらないって』

「なんで! 恋人からのバレンタインプレゼントだぞ! 欲しくないのか? ちなみに俺は欲しいぞ!」

『何気に要求するなよ・・・。まあいい。・・・俺はもうもらったからいらないぞ』

「え? 俺何もあげてないよ? さてはなんだ。他の女の子から貰ったのか!」

『違う! 妙な誤解はするなっ。 ・・・・・・そうじゃなくて・・・おまえの声が聞けたから、それでいい』

「え・・・」

『・・・・・・・・・・』

「・・・あ・・・・・・うんっ。俺も・・・こーちゃんの声が聞けたから、いいや」

『・・・・・・ああ』













 あなたの声が聞きたくて。

 我慢して我慢して我慢しただけにその声を聞けた喜びは大きくて。

 今度はあなたの姿を見たいから。

 たとえどんな秘境にいたって絶対に会いに行くから。

「待っててっ。今の仕事、張り切って頑張って超特急で終わらせるからね!」

 受話器越しのあなたの微かな笑みに心満たされて、明日への活力が体に湧き上がる。

「Happy Valentine こーちゃん!」

 九龍はありったけの想いを込めて愛しい人に『声』を送ったのだった。










 Happy Valentine♪










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