Best Friends
九龍妖魔學園紀 皆守+主+八千穂
 走る閃光。

 避ければ後ろにいる二人が危ない事を瞬時に判断し、自分が傷を負う事を覚悟した。

 それは致命傷にはならないからと思ったからで、自虐的になった訳ではない。

 単純に二人を守りたいからの行動だった。

 けれどー・・・。

「!」

 ふいに体が宙に浮く。

 重力にしたがって沈む体。

 若干硬い何かに受け止められて、頭上を通り過ぎた球体が化人を消滅させるのを呆然と見送った。




















 皆守は今、目の前で繰り広げられている戦闘に少しだけ眉を寄せて眺めていた。

 表向き、当初からの『興味がない』『勝手にやってくれ』というスタンスを崩さずにいるフリをしているけれど、内心では苛立ちがちりちりと芽を出しているのを感じていた。

(なんであいつは『ああ』なんだ)

 隣ではらはらと葉佩を見守る八千穂に気がつかれないように舌打ちをする。

 コンバットナイフで果敢に化け物と対峙している葉佩は明らかに焦りと、また自分たち二人が遺跡探索に同行している事を気負いすぎている様子が伺えた。

 全身で感じる『守る』という意思。

 転校早々に八千穂に己がトレジャーハンターであることがばれ、次の日には皆守にもその事実を知られ、成り行き上共に探索を始めた。

 なんの力もない学生二人を巻き込んだ責任を取ろうとする葉佩。

(バカだろ、こいつ・・・)

 アロマパイプの銜え口を噛む。

 先の取手の一件で少なくとも八千穂は戦力になると分かっているはずなのに、それを利用しない愚かなトレジャーハンター。

「ねぇ、皆守クン」

 戦う葉佩をちらちらと横目で気にしつつ、八千穂が決意を決めたかのように皆守を見上げた。

「なんだよ」

「・・・このままじゃ、葉佩クン大怪我しちゃうよ」

「そうかもな」

「そうかもなって! 皆守クンは葉佩クンが怪我をしてもいいのッ!?」

 皆守のおざなりな返事が気にいらなかったらしい。八千穂は両手を腰に当てて皆守へと詰め寄った。

「・・・わかった。悪かったよ。」

 距離を詰められた分だけ距離をあけ、これ以上からまれるのも面倒だとそうそうに謝罪を口にする。

「適当だなぁ」

 納得していないかのように眉を寄せるが、化人の奇声にそれどころではないと表情を改めた。

「皆守クン。あたし、このままずっと見ているだけなんて嫌なのッ」

「ああ」

「でも葉佩クンはあたしたちが戦闘に関わるのを嫌がってる」

「そうだな」

「だから、今まで葉佩クンが一人で戦うのを見てた」

 八千穂はそう言って、葉佩を見つめる。

 もどかしそうに歪められる眼差し。

「でももうッ、葉佩クンが傷つくのを見ていたくないよッ! だから、あたし葉佩クンに嫌われてもいい。あたしも戦うッ! あたしにはこのラケットしかないけど、なにもできないよりマシだからッ!」

 それはなんだ。俺への当て付けか。と、一瞬言いそうになったがややこしい事態になりかねないと口を噤む。

 そのかわり、

「それで十分だろ・・・」

 八千穂のスマッシュの威力を思い出してぼそりと呟いた。

「皆守クンも協力してくれるよね」

 だが、そんな皆守の様子に気がつかない八千穂の言葉には疑問符が消えていた。

「ああ? なんで俺が・・・そんな面倒な事、お前一人でやればいいだろ」

 妙に確信的に断言されて思わず出た言葉は毎度のように『関わりたくない』『関係ない』のスタイルを崩さない自分の言葉。

 けれど、八千穂は皆守が思っているよりも皆守の事を分かっていたようで、彼女は笑って言い切った。

「皆守クンだって心配してるくせに。・・・知ってるよ。さっきからずっとイライラしてる事。なんであたしたちを頼らないんだって顔、してたもん」

「なっ」

 あたりでしょッ。と勝ち誇ったようにVサインなんかもされてしまい、皆守はがくりと肩を落とす。

(なかなか侮れないな・・・)

 だが、悪くない。

 皆守は小さく笑うとさもしょうがない、とでも言うように大げさに息をついた。

「・・・わかった。協力する」

「そうこなくっちゃネッ!」

 やったーと声を大にして喜ぶ八千穂はいよいよやる気全開とばかりにラケットを握り締め、ポケットに詰めていたらしいテニスボールを数個取り出した。

 それを視界の隅で確認して、皆守は改めて葉佩を見やる。

 ようやく最後の一匹となったらしい化人に対峙するその姿は満身創痍と言っても過言ではないほど傷だらけだった。

(まったく、なにをやているんだか・・・)

 学校での能天気な葉佩とは違う、鋭い眼差しと張り詰めた雰囲気を纏うトレジャーハンターとしての顔。

 巻き込みたくないと思うお前の気持ちも分かるけれど、と皆守は思う。

「!」

「葉佩クンッ!!」

 奇声と共に襲い掛かる化人に何故か動こうともしない葉佩に舌打ちして走り出す。

(けれど、今のお前は間違っていると思うぞ)

 鋭い牙を前に荒い呼吸のまま身動きが出来なくなっている葉佩に腕を伸ばして引き寄せるよりも足払いをしたほうが早いと身を沈める。

「えっ」

 背後からの予想外の奇襲に気の抜けた声が聞こえた気がした。

「八千穂っ」

「まっかせて〜ッ!」

 崩れ落ちる葉佩の体を受け止め、頭上を飛んでいく八千穂のスマッシュを見届ける。

 見事なコントロールと威力を発揮したその必殺技は化人を一瞬にして塵と化した。

「・・・相変わらず恐ろしいスマッシュだな」

 葉佩の持つH.A.N.Tから『敵影消滅』のアナウンスが聞こえてほっと息をつく。

「大丈夫? 葉佩クン」

 駆け寄ってきた八千穂と共腕の中でぴくりとも動かない葉佩を見やれば、彼は呆然とこちらを見上げていた。

「・・・おい、葉佩」

 声をかけると、数度瞬きをしてようやく我に返ったとでも言うように身じろぎした。だが、体が思うように動かないのか困ったように見上げられてため息をつく。

「無理をするからだ」

「そうだよ。心配したんだから」

「・・・でも」

 目を伏せ、そのまま口を閉ざす。

 すっかり落ち込んでしまったらしい葉佩に何度目かのため息をついた皆守は、彼の額を指先で弾いた。

「いてっ」

 痛みに視線を上げたその眼差しを逃がさないように見つめる。

「分かっているのか?」

「え?」

「お前が死んだら、俺と八千穂も死ぬって事」

「!」

 言えば、今気が付いたとばかりに息を呑んで目を見開く。

「気負いすぎなんだよ。もっと気楽に構えろ。じゃないと見えるものも見えなくなる。倒せるものも倒せなくなるぞ」

 皆守の言葉に大きく八千穂が頷いた。

「そうだよッ! 葉佩クンからみたら頼りないかもしれないけど、少しは役に立ってみせるから、もっとあたしたちに頼ってくれてもいいんだよ。・・・って、大きなお世話かもしれないけど」

「やっちー・・・」

 えへへ、と笑う八千穂に葉佩は視線を向ける。

「お前はまだ新米なんだろ? 人の手を借りてなにが悪い」

「でも・・・」

 また「でも」か。

 皆守は小さく舌打ちをすると、ぴくりと若葉マークのついた新米トレジャーハンターは震えた。

「それともなにか。トレジャーハンターっていうのは、一人で遺跡に挑まなきゃならない決まりでもあるのか?」

「え?」

 問えば、葉佩はきょとんと目を瞬く。

 なにに衝撃を受けたのか分からないが、まさに目からうろこが落ちるとでも言うように顔色が変わって皆守と八千穂は顔を見合わせた。

「・・・そっか」

 しばらくして、ようやく体が動かせるようになったのか、身を起こした葉佩はひとり言のように呟く。

「思い出した・・・。俺も、なんにもできないのに養父さんについて遺跡に潜ったっけ。確かに危険だらけでたくさん危ない目にもあったけど、ピンチの時に俺の出した道具が役に立った時とかあってさ。養父さんと力を合わせて探索をするのがすっごい嬉しくて楽しかったなー・・・」

 うんうん、と頷いて次いで顔を上げた葉佩の顔はこれまでの切羽詰ったものではない、晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 それを見て、皆守と八千穂はほっと息をつく。

「甲太郎、やっちー。これまでごめんね。それと、助けてくれてありがとう。これからは、心機一転!遺跡の謎を解き明かして行きたいと思うので、力を貸してくださいっ! 虫のいい話だけど・・・だめ?」

「そんなことないよッ! あたし、頑張るねッ!!」

 照れたように笑いながら協力を頼む葉佩に、八千穂は満面の笑みで答えた。

 それを見ながら皆守は新しいアロマに火を点ける。

「ま、気が向いたらな」

 あえてそっけなく答えたというのに、葉佩は気にした風もなく笑みを浮かべた。

「さ〜って、今日のところは引き上げよっか。葉佩クン、怪我をしてるし、また明日にしない?」

「そうだね。もうけっこう遅い時間だし、また明日頑張ろう!」

 八千穂の提案に頷き、葉佩は無茶な戦闘でスカスカになったアサルトベストの中身を確認すると行こう、と二人を促す。

 片手には銃を持ち、鋭敏な雰囲気を纏うトレジャーハンターへと姿を変えて。

 けれど、

「俺、甲太郎とやっちーと友達になれてよかった」

 大切な事、思い出したよ。

 皆守と八千穂の準備ができたことを確認して身を翻す一瞬に呟かれた囁き。

 八千穂はラケット片手に意気込んでいたので気がつかなかったようだが、皆守にはしっかりと聞こえていた。

 その声はとても柔らかく優しいものを含んでいて、皆守の心を擽るには十分な効力を発揮してー・・・。

「あれ? どうしたの、皆守クン。顔が赤いよ?」

 八千穂の余計な気遣いに「知るか」とそっけなく返して、皆守は足早に数歩先で待つ葉佩を追いかけた。










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