Heart breaker
九龍妖魔學園紀 皆守×主
地上に戻って、真っ先にしたのは
アイツを力一杯殴る事だった
言いたい事も
聞きたい事も
沢山あったけど
言えたのは一言だけで
「許さない…!」
もっと殴らないと気が済まなかったけど
絶望にも似た気持ちが心を支配して
拳を握りしめたまま
全てを振り切るようにその場を後にした
誰が部屋を訪ねても、メールを送っても、九龍からの返事は無かった。部屋には居るようだが、物音一つしない。
俺はアロマを吸いながら、九龍が部屋から出てくるのを扉の前でずっと待ち続けていた。
誰よりも守りたかった筈なのに、俺が傷付けた心。俺が消した笑顔。こんな俺が、取り戻せるのか…?
長かった夜が明け、崩れた遺跡の上で待ち構えていたのは、九龍の鉄拳だった。口の中は派手に切れるし、顔は腫れるし、あの戦いの後でよくこんな一発が残っていたものだと今になって思ったが…それでも九龍は殴り足りなかっただろう。
あんなに悲痛な、全身で痛みと怒りを訴える九龍を、初めて見た。あんなに苦しい声を、初めて聞いた。
勿論その後、八千穂にも散々怒られた。最後の選択と、九龍を傷付けた事に対して。
「明日までには九ちゃんに謝るのよ!!」
と言う条件で、寮に帰る前には許されたが。
謝ろうにも、ドアさえ開けて貰えない。ドア越しの返事さえ無い。そもそも、許しを乞う権利なんて、俺にあるのか。
夜になって、漸く物音がした。立ち上がり、ドア越しに声を掛ける。
「九龍。」
返事が無いまま、少しして鍵が開いた。ドアが開く様子は無く、俺は自分から中に入った。
「………。」
「………。」
向き合って座ったものの、言葉が出てこない。膝を抱えて俯く九龍に、ゴメンなんて言葉が届くのか。だが今の俺には、謝る事しか出来ない。
「…九龍…。…悪かった。」
「………。」
「…許してくれなくてもいいから、顔を上げてくれ。」
俺の顔を見たくないんだとしても、そんな風に俯いてるなんてお前らしくないだろ?
伏せていた九龍の顔が上がる。泣きすぎて具合が悪いのか、顔色が悪い。泣き腫らした目には怒りが浮かんでいた。
「すまなかった。」
直視出来ずにうなだれて言うと、掠れた声がした。
「…勝手すぎるよ…。」
「そうだな。」
「何か隠してるのも…それで辛そうなのも、気付いてた。だから俺は『嘘じゃない』って言葉も、くれた気持ちも、あの時だって…戦った時だって信じてたのにっ…最後にお前が嘘にしたんだっ!」
「ああ。悪かった。」
希望に満ち溢れる九龍。自由で誇り高い九龍。…どうしようもなく汚れた俺には相応しく無い光。だから…こんな俺を終わりにしようと思った。罪と共に死ぬ方が、俺には似合ってると思った。でも。
「何が…『一緒になら一歩先に進める気がする』、だよ? そんな事言っといて、亜門選んで…俺は何なんだよ?!」
「……悪かった。」
あの時の選択は間違いだったと、今は思う。ボロボロ泣いて、怒りに燃えた目で俺を止めようと叫んだ九龍に、別れを返した。だが…今違う返事を選んでいいなら、お前は許してくれるか?
「…甲太郎…。」
名を呼ばれて顔を上げる。怒りと悲しみが混ざった瞳には、また涙が滲んでいた。
「俺の言葉は、甲太郎に届かなかった。お前を止められなかった。…もし俺が同じように、思い出を消す程の傷を持ってたら、お前は死ぬ事は選ばなかったか? 俺じゃなければ救えたか? そいつとなら一緒に生きていけるのかよ?!」
本当に許せないのは、止められなかった無力な自分自身なのだと。そう言う九龍に、胸が締め付けられた。
はねつけられるかもしれない。そう思ったが、体はとっくに九龍を抱きしめていた。
「俺が間違ってたんだ、九龍…。今ならそれが分かる。俺はお前じゃなきゃダメなんだよ。…傍に居たい。」
「…何、都合いい事ばっか言ってんだよ。お前なんかもう知るか…っ。」
でも、本気で腕を振りほどこうとはしないんだな。傷の深さは、それだけ俺が今も特別だからだと思う俺の思考回路は、本当に都合がいい。
「許してくれなんて言えないが…そんな顔させたかったわけじゃないんだ。もう俺は死なんて選ばない。生きて、九龍を離さない。信じてくれ、九龍。」
「…っ、離せ、馬鹿。触っていいなんて言ってない!」
言葉とは裏腹に、強く抱き返してくる腕が愛しい。もう自分から失うなんて出来る筈無い。
「これからは、お前の傍に居る為に生きる。…好きだ、九龍。」
全てが終わるまではと思って、言った事は無かった。…まぁ、言わなくてもお互い分かってたが。
「…こんな時に言うのは卑怯だ。」
「九龍の傍に居られるなら、卑怯でもいい。ジジイになるまで一緒にいよう。」
「…なるまで?」
「…なっても、だ。」
きっとまだ葛藤してるだろう九龍は、躊躇いがちに頷いた。今はそれでもいい。俺が付けた傷は、俺が癒してみせるから。少し体を離し、俺を殴った手を取るとその甲にキスをした。
「…ごめんな。」
「少しだけ許す…。」
今にも零れ落ちそうな涙を吸うように、目尻にもキスをした。もうこんな事では泣かせない。
暫くはただ抱きしめて、黙って俺の胸に耳を当てる九龍の背を撫でていた。
「あんまり具合良くないんだろ? 今日はもう寝るか? 食欲あるなら何か作るが…っても、簡単なものしか作れねぇけど。」
「ん…甲太郎のカレー食べたい。」
「分かった。ちょっと時間掛かるぞ?」
「いい。」
当たり前だが、俺が居なければ、俺が作ったカレーは食べられない。俺が生きて此処にいるという、九龍なりの確認なんだろう。
自分の部屋からルーやスパイスの一部を持って来てカレーを作る間、備え付けの簡易シャワーでサッパリした九龍は、氷水のビニールを包んだ布を当てて瞼を冷やしていた。
切れた咥内の痛みで俺はあまり食べられなかったが、顔色が悪いながらも控え目に盛ったカレーを言葉少なに食べきった九龍に内心安堵する。九龍をベッドに行かせると、簡単に後片付けを済ませた。今日は帰るべきか迷いながらベッドの九龍に近付き、クセの無い髪を梳く。九龍は情けない程弱気な俺の手を握り、ベッドに招き入れた。
「…そういや、クリスマスだってのに、何も用意出来なかったな。欲しいもんなんだろ、一般的に?」
よりにもよって、九龍の瞼腫らしただけか、俺は。
「別に。カレー、美味かったし。今、こうしていられるんだし。」
腕の中で九龍は努めて素っ気ない口調で、その割に可愛い事を言う。
「俺はもう離れねぇよ。今九龍が欲しがってるもんは全部日常にしてやる。…一生な。」
頬へのキスを拒まず、九龍が目を閉じる。その唇に舌を割り込ませ、軽く、深く、求め合うままにキスを交わす。
「甲ちゃん…。」
「ん、どうした?」
何時もと違う呼び方に、唇が触れ合う距離で聞くと、九龍は目を閉じたまま、唇に弧を描いて言った。
「…甲ちゃんの一生掛けて、俺を信じさせて。俺の一生…あげるから。」
「………っ!」
……いや、耐えろ、今は。今日は諦めてた言葉が聞けたのは嬉しいが、ヤバいだろ。昨日あれだけ激しく戦った挙げ句に泣き続けていた九龍の体を考えると手は出せない。真っ赤になった九龍の顔はこのうえなく可愛いが、もし耐えなければ、一度で満足出来ない事も、九龍が余計に体調と機嫌を悪くする事も、分かりきっている。
約束する、と囁いて、優しくキスを深めた。理性が保つギリギリのところで長いキスを終わりにし、脱力している九龍を強く抱きしめる。
今夜はこのまま眠ろう。何時も求めていた、互いのぬくもりの中で。熱を知るのは、少しなら先でもいい。
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