口直し
九龍妖魔學園紀 皆守←主
 遠のく肉厚の感触。

 呆然としている間にまんまと九龍の唇を奪った朱堂は、乙女のごとく頬を朱色に染めて走り去った。

「う、奪われた! 奪われたよ、こーちゃん!」

 唇に残る感触が夢ではない事を告げている。

「・・・ああ、そうだな九ちゃん」

 九龍のあまりの混乱振りに、見ざる聞かざるを自分に言い聞かせていた皆守は観念したようにため息をついた。

「ぎゃー! すどりんに奪われた!」

「落ち着け」

 ぽかりと頭を叩かれたが、九龍の混乱はおさまらない。

「そんなに嫌ならカウントしなければいいだろう」

 数に入れない。それはつまり、なかったことにすればいいのだ。

 だが。

「カウントとかそんなことが問題じゃない! 問題なのは奪われたって事なんだってば!」

「はあ?」

「だから! こーちゃん以外の人にこの唇が奪われたんだよ!?」

「・・・・・・・・・・」

 キスをされる事自体はさして問題ではなかった。

 何せ海外暮らしの多かった九龍は、親しい友人たちからキスを受けることなんて日常の一部なのだから。

 だから、朱堂にキスをされるのは好かれている証拠として嬉しいと思う。

 けれど、唇は別。

 愛しい人の目の前で、この唇を奪うのはダメ。

「・・・こーちゃん」

 うなだれ、両手にこぶしを作り、九龍は低い声音で皆守を呼んだ。

「なんだよ」

 今まで見たこともないような暗雲をまとう九龍の様子に、皆守も戸惑うように返事を返す。

「口直し」

「は?」

 一瞬、九龍がなにを言ったのか分からないと目を瞬く。

「口直しさせて」

 がしり、少しばかり自分よりも背の高い皆守の肩を掴み、勢いのままに背後の壁に押し付けた。

「な、なに言ってるんだよおまえっ」

 落ち着け。となだめる言葉など関係ない。

「もう決めた」

 呟くと同時にわずかに背伸びして慌てる皆守の唇に自分のそれを押し付けた。

「!」

 びくり。

 皆守の体が触れた瞬間に震える。

 朱堂の厚い唇とは違う、薄くやわらかい感触に心の中の強張りが解けていくのを感じた。

 そして湧き上がるこの身を焦がす熱。

「おまえなあ・・・」

 唇を離すと皆守は諦めたようにため息をついた。

「イヤなんだ。甲太郎以外の唇の感触が残ってるの」

「・・・・・・・・・・」

 密着した体を離すことが出来ない。

 視線がどうしても今の口付けで濡れた唇にいってしまう。

 もう一度触れたくて。触れたくて・・・。

「すどりんの唇は強烈だったからもう一度・・・」

 蹴り倒されるのを覚悟で唇を寄せてみる。

「調子にのるな」

 案の定、皆守はこつんと九龍の頭を叩いた。

「聞こえませーん」

 それでも強引に事を起こそうとすれば、諌める言葉とは裏腹に皆守は避けることなく九龍の唇を受け止める。

 てっきり避けられるものと思っていただけに皆守のその行動に驚いたが、九龍はならばどこまで許してくれるのだろうとさらに交わりを深くした。

 唇を少し開き、舌先で皆守の唇を舐めて誘う。

 すると微かに笑ったらしい皆守がのってやるとばかりに九龍の口腔に舌を差し入れた。

「んぅ・・・」

 絡めあったのは一瞬。

 皆守はつれなくも上あごを一度くすぐってあっさりと離れた。

 それでも、皆守からというだけで頭が茹った。

「・・・死にそう」

 皆守の肩に頭を乗せる。

「ん?」

 ジュボっと音がして、ついで香るラベンダー。

「幸せで死にそう・・・」

 くたりと力を抜き、壁に寄りかかったままの皆守に抱きついた。

「・・・そうかよ。そりゃ良かったな」

 小さく笑った声と共に、軽く支えるように九龍の腰に添えられた手。

 ああ、ほんと。今日はなんてツイている日なんだろう。

 調子のいい事にもうすでに朱堂に唇を奪われた事など頭の片隅にも残ってい九龍なのであった。



 けれども、時計台まで何をしに来たのか皆守のゲンコツで思い出すまで後1分。

 幸せはそう長くは続かないのである。










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