守りたい
九龍妖魔學園紀 皆守→主
 遺跡探索を終えた深夜。人に見られても言い訳できる格好になった葉佩と、バディのリカと俺は、寮まで一緒に帰ってきた。

「今日は有難うですの〜。またいつでも、リカを呼んで下さいませね。」

「うん、また助けてね。おやすみ、リカちゃん。」

「じゃあな。」

「はい。お二人とも、おやすみなさいです〜。」

 スカートの端を軽く持ち上げる独特の挨拶をし、リカが女子寮に入る。それを見送り、俺達も寮に入った。

「おやすみ、甲太郎。」

「ああ、明日な。」

 部屋の前で別れ、俺は隣室に入った九龍の気配を探った。

 女バディが居る日は、葉佩は必ず女子寮・教員の家の前まで送る。そして自室に戻り、装備を変え、今度は一人で校舎の探索に出る。帰ると戦利品を纏めて整理し、武器の手入れを済ませてから、漸く寝る。できるだけ周りを巻き込まずに行動しようとするのは、プロ意識からか性格からか。おそらく両方だろう。

 いつもなら校舎に出掛ける頃だが、今夜は動く気配がない。当然と言えば当然だ。俺は軽く舌打ちして九龍の部屋に行った。

 コンコン。

 ノックすると直ぐにドアが開き、九龍が少し驚いた目で俺を見た。

「甲太郎? どうしたの?」

 俺は無言で中に入ってドアを閉め、九龍の襟首を掴んで部屋の中央に立たせた。室内には、武器やらビニールに入った気持ち悪い舌やらが転がっている。微かに消毒液の匂いがするが、九龍の服装には余り変化が無い。

「脱げよ。どうせちゃんと手当てしてないんだろ?」

「大丈夫だよ、大した怪我はしてないから。」

 何時もの笑顔で首を振る九龍の腰を抱き寄せ、ニヤリと笑った。

「なぁ、九ちゃん。俺が誤魔化されると思うか?」

「い、いえ…思わないデス…。」

「だよな。じゃ、脱ぐのと脱がされるのと、どっちがいい?」

「…すみません、脱ぎます…。」

 最初からそうすればいいんだよ。九龍はいつも、怪我を隠して笑う。だから皆は気付かないし、気付いても軽いものだと思う。放っとくと、一人じゃロクに手当もしない。何度こうして手当しに来てやったことか。

 コウモリに噛まれた腕は消毒したようだったが、打ち身や軽い切り傷はその侭だ。どうして九龍は自分を大事にしないのか。そう思うと機嫌が悪くなる。

「…あんまり見るなよ…。」

 九龍が、白い肌を隠すように片腕で上半身を抱きしめ、上目遣いに見てきた。何だその愛らしいポーズは。心臓が音をたてた事は無視して目を逸らす。

「今迄、何回手当したと思ってんだ。今更だろ。下も脱げよ。放っとくと腫れるぞ、あれは。」

「やっぱり気付いてたんだ…。俺、プロ失格かなぁ…。」

 渋々ズボンを脱ぎ、下着一枚になる九龍の膝上に、大きく広がる赤。既に腫れ始めているようだ。

「ンなコト無いだろ、他の奴は気付かないんだから。」

 消毒液と脱脂綿を取りながら、満身創痍な裸体に俺は溜息をついた。

「…傷だらけじゃねぇか。一人で怪我なんてすんなよ。」

 肩を押さえ込み、一カ所ずつぐりぐりと消毒する。

「やっ…ぃつッ、痛いって!」

「当たり前だろ、わざとだ。」

「な…性格悪いぞ甲太郎! 優しくしろよ、俺怪我人なんだから!」

「元気じゃねぇか。っ馬鹿、やめろって。」

 髪を掴んで引っ張られる。ぎゃあぎゃあ騒いで漸く消毒と湿布貼りを終えると、俺はぐったりとベッドに座り、アロマパイプに火をつけた。

「まったく、色気の無い奴だ。」

「いるかそんなもんっ。」

 いそいそとズボンを履いた九龍が俺の隣に座り、肩に寄り掛かってきた。

「甲太郎は、何で俺の怪我に気付くんだ?」

「見てりゃ分かるだろ。それより、明日の午後は昼から屋上だな。」

 この怪我で体育は無理だろう。…九龍の所為で時間割なんて覚えちまった。

「…だな♪ 授業中なら二人で居られるし。…休み時間に誰か来ると、実は機嫌悪くなったりするだろ、甲太郎?」

「さあな。別に、九龍が皆と騒いでんの好きなら、それもいーんじゃないか?」

 つい最近自覚させられたばかりの事をアッサリ教えてやる気は無い。と思ったら、思ってもない言葉まで出てくる。苛立ち紛れにアロマをふかすと、九龍の視線を感じた。

「良くないよ。確かに皆と居るのは楽しいけど…。甲太郎、知ってる?」

「何をだ?」

「皆俺のトコに来てくれて、勿論俺は歓迎するけど、俺が行くのは甲太郎のトコだけだよ。」

 九龍の顔を見ると、必死に俺を見ていた目を和らげ、ふわりと笑う。その言葉の意味に、九龍の笑顔に、俺もつい口元が緩んだ。

「なら、俺に怪我隠したりすんなよ。新しい階層に行く時は、今迄通り必ず俺を連れて行け。…危ないし。じゃないと構ってやんないからな。」

「うん。俺が一番一緒に居たいのは、甲太郎だよ。」

 満面の笑みに負けて、俺は九龍を抱き寄せた。細く見えるこの体の何処に、俺達を守りながら敵を倒し、他者を気遣って笑い、生徒会執行委員を闇から救う力があるのか、何時も不思議に思う。

「九龍。今俺が九龍を守りたいと思ってるのは、本当だ。それだけは信じてくれよ…。」

「…甲太郎?」

 深く追求される前に、肩口の傷に舌を這わせた。

「っ…こっう?」

「消毒忘れだ。嫌か?」

「…ん…い、よ…。」

 傷の表面をそっと舌でなぞる度に、九龍が声を堪えて体を震わせる。俺の頭を優しく抱きしめて許すのは、友情とは言い切れない感情があるからだと…思うのは自惚れじゃない筈だ。

 傷の直ぐ隣に赤い跡を残した。傷ごと全て、俺のものにしてやるから…覚悟しとけよ?










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