More few courage
九龍妖魔學園紀 取手→主
 武装集団によって、突然学校が占拠された。

 僕はなんとか見張りの目をかいくぐり、音楽室に来ていた。彼等が何者かは知らないけれど、ろくでもないのは確かだろう。僕はピアノが壊されないか心配だった。

 僕にとってこのピアノは、大切な物だから。

 突然カラリとドアが開き、身構えた僕に、はっちゃんが笑い掛けた。

「やっぱりココだったんだ。」

「はっちゃん…無事で良かった。」

 僕の側に来て、ピアノの椅子に座る。手招きされるまま、僕も隣に座った。

「どうしてもこのピアノだけは守りたくて、来てしまったんだ。はっちゃんにも、守りたいものがあるだろう……?」

「うん。大事な人の大事な物、かな。それも守れなきゃ、大事な人を守ってるとは言えないから。」

 はっちゃんが特別に大切に想う相手が居ても当前なのに、僕はその笑顔の言葉に気持ちが落ちていくのを感じた。

「……守りたいのは、《愛する人》? 君がそんなに強く想っている人が誰なのか、ちょっと気になるな。」

 本当は、ちょっとどころじゃなく気になるけれど…応援するとかそんな事…今の僕には言えそうにない。目の前が真っ暗になる程、嫉妬して悲しくなっている僕には……。

 泣きそうになって思わず目を伏せた僕に腕を絡め、はっちゃんが寄り掛かってきた。最近はっちゃんは、そういうスキンシップが好きらしい。その度に僕は心臓がドキドキして、それを知られないようにするだけで精一杯になる。

「かっちゃんにとって、ピアノは本当に大事なんだね。」

 話の内容が変わった事に少しホッとしながら僕は頷いた。

「そうだね…このピアノは、特に。君との思い出もあるからね。」

 過去を乗り越えた時も、君への想いが溢れた時も、何時も。僕はこのピアノを弾いていた。

「うん。俺にとっても大事だよ、ピアノだけじゃなくて、音楽室そのものが。…ピアノなら講堂にもあるけど、ココじゃなきゃ、かっちゃんと二人でのんびり出来ないし。」

 笑顔で言うはっちゃんの言葉に、僕は少しだけこの想いが報われたような気がした。

「……有難う。そう言ってくれて嬉しいよ。君と過ごせる時間は…宝物なんだ。はっちゃんと一緒だから、僕は強くなれる。彼等が何者だろうと、僕は君と一緒に戦うよ。」

 愛する人がいる君に、想いを告げる事は無くても。一番守りたいのは君だから。そんな風に優しい事を言ってくれる君だから。

 僕に凭れて腕を絡めたままのはっちゃんが手を握ってくる。大切なその手を、僕も強く握り返した。そうして君は、学校を占拠した彼等の事、この学園に来る前のエジプトでの出来事を教えてくれた。

「今まで仕事で関わった人達はたくさん居たけど、かっちゃんが一番落ち着くんだ。かっちゃんが俺の心を凄く癒してくれるからだと思う。一緒に居て強くなれるのは俺の方。だから…大事な人の大事なピアノ…音楽室ごと、守るよ。早くこの件片付けて、また宝物の時間、過ごそう?」

「……え?」

 はっちゃんは照れたように笑うと、首元に抱きついて小さな声で言った。

「俺、かっちゃんの勇気、待ってるから…。」

 心臓が、ドキリと大きく鳴った。はっちゃん…それって……。

「あ、俺っ、他のトコも回って皆の様子見てくるよ。真っ先にココに来たから、ちゃんと現状把握してないんだ。後で呼ぶから、宜しくな。」

 はっちゃんは赤い顔で立ち上がり、呆然とする僕に手を振って出て行った。

 ……僕は何か、勘違いをしていたのかな。皆に向ける優しさじゃなくて……僕だけに向ける好意だと、思ってもいいのかな?

 悲しみに沈んでいた筈の心は、期待と少しの不安で脈打って、僕は胸を抑えるように手を当てた。

「はっちゃん……。」

 薄暗い放課後の音楽室に、呟きが吸い込まれる。

 君の《愛する人》は……。



 日常を取り戻したら、必ず勇気を出すから……もう少しだけ、待っていて。










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