Meity kiss
九龍妖魔學園紀 取手×主
 カーテンを開けきった朝の音楽室。清々しい光の中、かっちゃんはピアニスト志望として朝早くから練習に励んでいた。一応置いてある楽譜も見ないまま、難しそうな曲を詰まる事無く弾きこなすかっちゃんは凄い。

 曲を終えて、何時もなら次の曲にいくのに、かっちゃんは何かを思い出したように手を止めた。側に移動させた椅子に座る俺を、落ち着かない様子で見る。

「…ねぇ、はっちゃん……聞いてもいいかな…?」

 躊躇いがちに尋ねてくるかっちゃんに、俺は頷いて首を傾げた。かっちゃんがシャイなのは分かってるけど、今日は何を恥ずかしがってるんだろう?

「……はっちゃんの…ファーストキスに、味はあった…?」

「………………………。」

 間抜けに口を開けてかっちゃんを見る。危うく、舐めていた飴が転がり落ちそうになった。

 …それは、かっちゃんから生まれた疑問なのかな。

「あ、ご、ごめん! 変な事を聞いたよね……。忘れて、はっちゃん。」

 聞かなければ良かった、と言う顔で慌てて謝るかっちゃんに、俺は焦って声を出した。

「ちょっと、びっくりしただけだよ! えっと…ファーストキスだよね。特に味なんて無かった気がするなぁ。急にどうしたの?」

「そう…。実は昨日、クラスの女子が何味だったかって話をしているのが聞こえて…はっちゃんはどうだったのかなって、その時ふと思って……。丁度今、作曲者が初恋の時に作った曲を弾こうとしていたから、思い出して……。そ、それだけなんだ。ごめんね。」

 只の素朴な疑問だったけど、内容が乙女チックだって自覚はあったみたいだ。可愛いなぁ。頬を染めるかっちゃんにつられて赤くなるの、これで何度目だろう…。呆れたりなんかしない。女子の会話を真に受けて、そんな事をストレートに聞いてくるところも好きだから。でも…。

「それだけ?」

「…え?」

 口の中でカラコロと飴を転がしながら聞いてみる。

「気にならなかった? 何時、何処で、どんな人と、とか。」

「…そんな経験も含めて、今のはっちゃんだからね。過去には嫉妬しないよ。…僕は…君が君で在る為の全てを受け止めたいんだ。」

 そう言ってふわりと笑うかっちゃんは綺麗で格好良くて、鼓動が早くなるのを感じた。ちょっとは嫉妬してくれないのかな、なんて少しでも思った自分の方が、よっぽど乙女チックかもしれない。

「かっちゃんのファーストキスは何味だった?」

「えっ、僕? …僕は……ソーダ…だよ。」

 恥ずかしそうに視線を泳がせる姿に、思わず笑みが零れた。初めてとか気にしない筈なのに嬉しく感じるのは、かっちゃんは僕しか知らなければいい、なんて独占欲?

「あの時ソーダ飲んでたよね、俺達。」

「そうだね。」

 だから、はんだだけの唇は、揃ってソーダの味がした。

「かっちゃんとのファーストキスが一番嬉しかったよ。」

 ピアノの椅子に座るかっちゃんの後ろに立って抱きついた。

「有難う…。」

「本当だよ? してくれるの、待ってたんだから。」

 肩口に顔を埋めると、優しく頭を撫でられる。白くて長い、綺麗な指先。俺にとっても大切なもので、遺跡から帰る度、この腕と指先に怪我が無いか確認する。

「かっちゃん。」

「何だい?」

「何でもない〜。」

 笑いながら言うと、かっちゃんも笑って少し肩が揺れた。用事なんか無くても只名前を呼びたくなる気持ち、込められた想いの強さ、かっちゃんは分かってくれるかな。

「…はっちゃん。」

「何?」

 肩から顔を離し、腕を引かれるまま横に移動して、椅子を跨ぐように座ると、綺麗な指先が頬に添えられる。お互い照れながら微笑んだ形のまま、唇が重なった。

 絡まる舌にうっとりする。短いキスでも、幸せになるには充分。

「…あの日と同じ味だね。」

 俺の口の片側で小さく溶け残っていた飴が、そう言ってはにかむかっちゃんの口の中で転がってカランと音をたてる。

 だから舐めるのは何時もソーダの飴なんだって事…何時か気付いてね。俺に乙女の一面を持たせたのは、かっちゃんなんだから。










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