真昼の月
九龍妖魔學園紀 皆守×主
ぼんやりと霞む視界に緩く煙る紫煙が見えた。
自分を包むぬくもりにうっとりしながらも、何度も目を瞬く。
今、何時なのだろうか?
部屋の明るさを見ればすでに日が昇っていることは確かだ。
昨夜は遅くまで起きていたのだからもしかしたら昼をまわっているかもしれない。
「起きたのか?」
「甲太郎…」
甲太郎の肩口に頭を乗せている九龍の頭を撫でる。
「今、何時?」
「まだ10時にもなっていないぞ」
「そうなんだ」
頭を撫でる甲太郎の手の感触が気持ち良くてまたうとうとと眠くなってきた。
それを見た甲太郎がくすりと笑う。
「眠いなら寝るといいさ。起きるにはまだ早い」
まだ辛いだろう?と、頭を撫でていた手が腰を撫でる。
そんなことをされてしまったら昨夜の出来事を思い出してしまうのは当然のことで。
「やだ・・・」
急に気恥ずかしくなって肩口に顔を埋めた。
「せっかく起きたんだ。眠るなんてもったいないよ」
せっかく甲太郎と一緒にいられるのだから。
「そうか」
そっけなく答えるのは高校生の時と変わらない。
アロマパイプを銜え、吸い込んだラベンダーの香りを吐き出す。
ああ、目覚めに見た紫煙はこれだったのかとぼんやりと思う。
今ではタバコも吸う甲太郎だけれども、朝のひと時やリラックスをしたい時には昔と同じようにアロマを吸う。
タバコを吸う甲太郎もかっこいいけれど、やはりアロマを吸っている甲太郎のほうが「らしい」し、焦がれて焦がれてしょうがなかった彼のすぐそばにいるのだと実感する。
「なんだ?」
「ううん。・・・それよりも、おはよう甲太郎」
身を起こし、覆いかぶさるように顔を覗き込む。
「ああ、おはよう九龍」
手が伸びて、九龍の後頭部に添えると軽く引き寄せられる。
力はほとんど入っていないようなものだったけれど、逆らわずに体を倒してその唇に軽く口付けた。
「・・・やっぱり、信じられない」
「まだ言うか」
「言うよ。何度も気持ちを告げても絶対に信じなかった甲太郎とこうして一緒にいられるなんて夢みたいだ」
「夢じゃないだろ」
「わかってる。夢でたまるか」
やっと手に入れた宝なのだ。
夢では困る。
「おまえは男の趣味が悪いな」
しょうがない奴だ。と言外に込めたその言葉と苦笑する顔は実は好きな組み合わせだったりする。
なぜならば彼が自分を受け入れ、そして自分の想いを信じてくれている証拠だからだ。
「悪くないよ。最高だよ、甲太郎」
とろけるように笑みを浮かべて、九龍はその胸に頬を寄せた。
「大好きだよ、甲太郎」
「ああ」
抱き締められて、温もりを感じて。
ああ、なんて幸せなのだろう。
「九龍、月が出てるぞ」
「え?」
朝、というには少し時間が過ぎているが、太陽が輝く時間に月が見えるなんてと視線を窓の外に向けた。
「あ・・・」
青く、遠い空の中に溶けるように白い月が浮かんでいた。
「きれいなものだな。朝の月も」
穏やかに口元に笑みを敷き、優しい眼差しで幻のように浮かぶ月を眺めている。
それがなんだか気に入らなくて、九龍は強引に彼の視界に入ってそのまま唇を奪う。
「甲太郎は俺だけを見ていればいいんだよ」
「ああ? やきもちか」
突然の暴挙にきょとんと目を瞬いた後、甲太郎は意地悪く笑った。
「そうだよ。俺にだってそんな顔で見ないくせに! なんで太陽の支配下にこっそりと居座っている月にそんな顔をするんだ」
「そんな顔ってどんなだよ」
本気で嫉妬している事を悟った甲太郎は呆れたように息をつく。
「ほらっ! 俺にはいっつも呆れたような顔しかしないくせに」
「それはおまえがいつもあほな事を言っているからだろう」
「なんだとーっ」
「ったく、静かにしろ」
腕を掴まれ、あ、と思ったときには体の位置を入れ替えられていた。
「・・・・・・・」
「静かになったな」
満足そうに笑う甲太郎に九龍はむっと眉を寄せる。
「・・・甲太郎はずるい」
こうして押し倒されると緊張してしまって言葉が少なくなるのはいつもの事で、それを知っている甲太郎は度々九龍を黙らせるためにこの手段を使う。
もう何度も同じ体勢になったことがあるというのに、いつまでも慣れないのはきっと過去に何度告白しても信じてくれなかった事が原因だと思っている。
それがある日、突然に九龍の想いを信じ、体を重ねる事にいたった経緯が急展開だった事が更なる拍車をかけているはずだ。
だって信じられなかったのだ。
気持ちが相手に伝わって触れ合うようになるなんてきっと一生ないと思っていたことだったから。
それだけ甲太郎がそっけなかったという事なのだが。
「・・・キスして?」
請うまでもなく降りてきた唇を深く重ね合わせて満ち足りた息をつく。
自然と濃厚になった行為に二人はすでに月のことなど頭からなくなっていた。
「あ・・・」
即物的な欲求を解消し、もそもそと起き上がってきた九龍は何気なく空を見上げて声を上げた。
「なんだ?」
ベッドの上で未だだらだらと過ごしている甲太郎は、今度はタバコを吸っているようだった。
「月、まだあるよ」
もうすでに昼を過ぎた空はそれこそ太陽が王者として君臨しているというのに、白い月は儚くも気丈にそこに居続けていた。
「ずいぶんとしつこいんだな。さっさと自分の世界に帰ればいいのに」
「・・・月は太陽に焦がれているんじゃない? 長く一緒にはいれないと分かっていても、夜の闇の中でしか輝けない月は太陽に焦がれ、少しでも一緒にいたくてできる限りついて回るんだ」
まるで誰かのようだと九龍は笑う。
「なんだそりゃ」
意味がわからないと顔をしかめる甲太郎にさらに九龍は笑みを深めた。
「大好きだよ、甲太郎」
俺の輝ける太陽。
「・・・・・・・・・・・・」
九龍の言葉の意味に気がついた甲太郎はふっと表情を消した。
わずかな沈黙の後、甲太郎は息をついて視線を真昼の月へと向ける。
「・・・太陽は月の進入を許している。同じ空を共有している事を喜んでいるだろうさ。太陽だって長く傍にいられることを望んでいる」
「・・・甲太郎」
「お互いの気持ち次第だろ? 九龍」
穏やかに笑みをしく甲太郎に、九龍はうっかり涙をこぼしてしまった。
気がつかれない様に慌てて下を向く。
「うん。そうだね、甲太郎」
涙をぬぐい満面の笑みを浮かべれば甲太郎も満足そうに笑みを浮かべた。
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