noctune of love
九龍妖魔學園紀 取手×主
ポケットから取り出した携帯は、素っ気なく時間だけを知らせる。はっちゃんと連絡が取れなくなって四日が経った。でも、珍しくはない…。きっとまた遺跡深くに潜って連絡出来無い状況なんだろうと思う。それでも心配で、携帯は肌身離さず持っている。
去年、天香學園を卒業して音大に入学した僕は、卒業迄の特別プログラムを組まれた。春休みの今日もその課題の為に登校して、バイトに行って…今はその帰り。空では少ない星が懸命に瞬いていて、暖かくなった風がゆっくり僕を追い抜く。最後にはっちゃんに逢った時の風は、まだまだ冷たかったな…。
居場所の確認をされたのは大晦日の朝。帰郷せず寮に居る事を伝えると、はっちゃんは夜に突然帰ってきた。年越し蕎麦を食べて、キスをしながら迎えた新年。朝は少しのお節を分け合いながらお雑煮を食べて、神社にお参りに行った。そして少しだけゆっくりすると、はっちゃんはまた別の遺跡に旅立っていった。
一緒に居られた約半日はとても目まぐるしく、あっと言う間だった。それでも嬉しくて、只お互いを刻みつけた。
その時の体の痕が消えても、はっちゃんの事を考えない日なんて僕には無い。今みたいに、連絡が途絶えてしまうと特に。
帰って食事を終えると、ピアノの前に座った。大学寮は防音設備が整っているから、設置されているピアノを時間を気にせず毎日弾ける。僕は気を紛らわせるように、鍵盤に指を走らせた。
逢えなくても平気だなんて言えないけれど……僕にとって一番大切なのは、君が無事に任務を完了させて逢いに来てくれる事だよ。それは世間一般の特別な日じゃなくて良いんだ。君と逢えた日が、僕にとっての特別な日になるから。
どうか無茶はしないで。怪我をしないで。気に掛かるのはそんな事ばかり…。心配性だと君は笑うけれど、突然突拍子もない事をする時があるから…やっぱり心配だよ。
気付けば深夜になっていて、僕は携帯のディスプレイを見た。分かっているのに、つい確認してしまう。何時でも良いから…どうか連絡がありますように。祈るように両手で胸に当てた携帯をピアノの上に置き、立ち上がって蓋に手を掛ける。
その時。
「練習お疲れ様、かっちゃん。」
部屋の入り口に、はっちゃんが立っていた。僕は驚きのあまりビクッと体を揺らし、蓋を取り落としてしまった。勢い良く閉まったそれが大きな音をたてる。
「………………はっ……ちゃ、ん…?」
「ただいまッ!」
にっこり笑って、はっちゃんが小走りで駆け寄ってきた。嬉しいのに、僕は口を押さえて固まったまま。
「かっちゃん〜ッ!」
抱き付いて頭をぐりぐり押し付けながら、はっちゃんが楽しそうに僕の名前を呼ぶ。僕はやっと手を外して、はっちゃんの背に腕を回した。一度、大きく深呼吸をする。
懐かしい、硝煙と古びたものの匂い。腕に馴染むしなやかな体の硬さ。自分を見上げる、無邪気な黒い瞳と満面の笑顔。
ああ、はっちゃんだ。そう思ったら、嬉しくて涙目になってしまった。
「…お帰り……お帰り、はっちゃん……。」
強く抱きしめた腕の中で、はっちゃんは嬉しそうに僕を見上げて瞳を閉じた。薄く開いた唇に迷う事無くくちづける。
少し荒れた唇を労るように舐めて割り込ませれば、餌を欲しがる雛のように舌が絡んでくる。緩くきつく、それを吸って味わいながら、強弱をつけて唇を押し付けあった。
「んぅ……はっ………。」
行き来していた甘い唾液がはっちゃんの口からトロリと流れる。水音も、吐息混じりの声も、唇の熱に溶けていきそうな感覚。片手を上着の下に潜らせ、指先で服越しに背中をまさぐると、ピクリとしなるのが可愛い。
トントン、と肩を叩かれて、僕は舌を抜いた。これは息が苦しくて限界、と言うはっちゃんの合図。唇を離すと、二人の間に糸が引いた。
うっとりした表情で息を整えるはっちゃんの口元を拭って、今度は優しく抱きしめる。寄り掛かってくる心地良い重さに、これは夢じゃないと理解した。
「びっくりした?」
「うん…丁度はっちゃんの事を考えていたんだ。早く、安心させて欲しいって…。凄く心配したんだよ?」
はっちゃんが、わざと連絡をしないで驚かせた事に気付いていた。勿論、仕事の都合があったのは事実だろうけれど…それに便乗したんだろう?
「ゴメン…。でもそのお陰で、久しぶりに乙女鎌治が見れたよ。」
楽しそうなはっちゃんの声音に頬が熱くなる。無意識の行動が乙女だと言われるのは恥ずかしい。はっちゃんは「そのままでいい」と言うけれど、僕は男らしくなりたいと思っているから。
わざと心配させた事を悪びれない様子には少しだけ溜め息を吐きたくなったけれど、逢えた喜びの前では小さな事だった。
「携帯を胸に当てた表情見たら、なんか感動しちゃった。俺こんなに恋人らしくないのに、愛してくれてるんだなぁって。」
普段どころか、行事の日も中々一緒にいられない。怪我をしても体調を崩しても、看病出来無い。行き先のヒントは与えても、ハッキリは言えない。久し振りに逢えても、人前で手を繋いで歩けない。
あまり言われた事は無いけれど、内心はっちゃんが気にしている事が聞こえてくるようだった。僕に対してだけ意外と寂しがりで少し弱気な事を、遠距離になってから知った。
「恋人らしいよ、はっちゃんは…。どんなにハードスケジュールで疲れていても、メールや電話をくれる。出来る限りの事をして……精一杯気持ちを伝えてくれる。少しでも時間があれば、逢いに来てくれる。普通の恋人と同じだよ。…寧ろ、それ以上の幸せをくれている。僕には勿体無いくらいだ……手放す気は無いけれど…。」
前回逢った時より少し伸びた黒髪を撫でながら額にキスをすると、はっちゃんは嬉しそうに笑った。頬にお返しのキスをして僕の手を引く。
「お風呂入ろッ。洗ってあげるよ。」
今更と言えば今更なのに、改めて言われると恥ずかしくなってしまうのは何故だろう…。
多分俺の方が汚れてるけどね、と言うはっちゃんとお風呂場に行って服を脱がしあう。大きな傷跡が増えていない事に安心しながら丁寧に洗った髪と体は、とても触り心地が良い。ほぼ全てを洗い合うのは、随分久しぶりだ。
シャワーの下でお互いの泡を撫で落とす。体に負担を掛けたくないから何もする気は無かったけれど、体を洗い合うのは…やっぱり…冷静ではいられないよね……。僕だって男だし……ずっとはっちゃんの顔が赤いのも、お湯の所為だけじゃないように見えた。
「……ごめんね、はっちゃん。キスだけ…してもいいかい………?」
「…うん。」
恥ずかしそうに頷くのを確認して、軽く舌を絡ませる。抱きしめ合う腕は自然に互いの肌を撫で、キスは自然と深くなった。肉厚で柔らかな舌を吸い上げて軽く噛むと、高い声が零れて響く。体の中で欲がざわめいて、心臓の音なんてもう聞こえなかった。
溺れそうになるのを必死で堪えて、名残を惜しむように何度も啄んでから唇を離す。へなへなとタイルに膝をつくはっちゃんを支えながら僕もしゃがむ。
「大丈夫かい?」
「うん…。」
嬉しそうに頷いたはっちゃんが僕の濡れた髪をかきあげ、膝立ちしてシャワーを止めた。正面にはっちゃんの胸がきて思わず目を逸らす。
「かっちゃん、今日は何の日?」
突然言われても思い浮かばなくて、何だろうと考えてみる。
「今日…? ……はっちゃんが帰ってきた日、かい…?」
「だけじゃなくて。多分日付変わったよ。今日は何日?」
『何日』…?
「三月三日……あ……。」
「Happy Birthday かっちゃん!!」
頭をぎゅっと胸に抱き込まれる。はっちゃんが心配で、誕生日の事なんてすっかり忘れていた。
去年の誕生日とホワイトデーは、はっちゃんは仕事中だった。「おめでとう」と「ごめんね」と、「大好き」の言葉を電話で貰った僕は、すまなそうな電話越しの君に「有難う」と「大好き」を繰り返した。どこか泣きそうな声が笑ってくれるまで。そして、必ず帰ると言うはっちゃんの約束に、ホワイトデーのプレゼントはその時に渡すと言う約束を重ねた。
「今年は絶対間に合わせようって決めてたんだ。」
顔は見えないけれど、その声以上に満足気に笑っている事が伝わってくる。僕は胸がいっぱいになって、はっちゃんを抱きしめ返した。
「…有難う……。はっちゃんが隣に居てくれて、凄く嬉しい…。本当に嬉しいよ……。」
これだけの言葉では伝えきれない程…。
「俺も、かっちゃんと居られて嬉しいよ。プレゼント、明日一緒に買いに行こッ。」
「…わざわざ買いに出なくても……僕は、はっちゃんが居てくれれば満足だよ。他に何も無くても、はっちゃんとこうしていられるだけでいい。」
腕の中ではっちゃんを見上げて笑うと、はっちゃんは僕の額に頬を擦り寄せてきた。
「かっちゃん、可愛い〜ッ!」
…少し苦しいよ、はっちゃん。…じゃなくて、僕は男だし、それを言うなら、ぬいぐるみに抱き付く女の子みたいなはっちゃんの方が、僕には可愛く見えるよ…?
「明日さ、かっちゃんとお揃いの物を買いたいなぁって思って…。好きでしょ? そういうの。でも俺だとマニアックな魔除けグッズとか選んじゃいそうだし、かっちゃんの誕生日だから、かっちゃんが気に入る物にしたいんだ。…ダメ?」
ああ…どうしてこんなに可愛いんだろう。
「全然ッ……その…凄く嬉しいよ…。」
抱きしめる力を強めて、もの凄く早い心臓の音が聞こえる事に気付く。…どうしよう…自分を止める自信がないよ……。
「…かっちゃん、俺……時差ボケはちょっとしてるけど、その…大丈夫だから…。」
「…………うん…。」
真っ赤になって笑い合う僕達は、きっと同じ表情をしてるよね。
僕の首に抱きついたはっちゃんの脇腹をなぞり、片手で胸の小さな赤色を指で擦り合わせる。さっきから尖りっぱなしのそれを虐る度に、はっちゃんは甘い声を出して…時々僕の耳を舐めてきたりする。くすぐったいような、変な感じがするけど……はっちゃんが、耳はダメだと言いながら気持ち良さそうにするのが何となく分かる気がした。
体を撫でていたもう片方の手で、はっちゃんの熱をぎゅっと握ってみる。
「はンッ…!」
びくん、と跳ねたはっちゃんに、勢いで軽く耳を噛まれた。
「ッ…。」
熱い咥内を脳が直接感じたような感覚にピクリとしながら、ゆるゆると手を動かす。直ぐに硬くなったそれは、透明なぬめりで手の平を濡らす。
「…はっ…あん………ふあ……んむ…。」
響く嬌声を口で溶かすようにむさぼりあう。はっちゃんが僕の襟足の髪をぎゅっと握った。そんな些細な甘え方も可愛くて好きなんだ。
前を触っていない手で白い双丘を撫でて、ボディソープを垂らす。指先にも馴染ませてからそこに触れた。
「んぁっ、かっちゃ……はあッ、あッ…。」
「痛かったら言うんだよ…?」
傷付けないように、無理のないように、様子を見ながら指を増やすけれど、何時もより余裕が無くて、つい動きが荒くなる。それははっちゃんも同じみたいで、もう腰が揺れていた。
「…かっちゃっ………も、いい、から……っ。」
まだ二本しか、と思ったけれど、僕も耐えられなかった。早くはっちゃんが欲しい。
「うん…ごめんね?」
片手ではっちゃんの腰を抱き、片手ではっちゃんを広げて自分の上にゆっくり下ろしていく。
「あッ…あああぁっ!」
浅く荒い息を繰り返すはっちゃんの顔中にキスを落とした。目尻に浮かぶ涙が唇を濡らす。僕が心配そうな顔をしていたからか、はっちゃんはタイミングを合わせて息を吐きながら少し笑って、片腕でしがみついてきた。
全部を埋めると、白い肌に吸い付いて赤く染めながら、痛みに熱を失いかけたはっちゃんの中心を上下に抜いた。次第にはっちゃんの腰が揺れてくる。
「はんぅ……ああ…かっちゃん……ふぅっ…。」
「…あぁっ…。」
快楽のままに締め付けられて、思わず吐息混じりの声が漏れた。僕は恥ずかしいから嫌だけど、はっちゃんは喜ぶ。自分を感じて貰えて嬉しいと思うのは、きっと一緒なんだね。
「…んっ…はあ……かっちゃん、綺麗…。大好、き…あっあ……やっ、深っい………。」
「……はっちゃんこそ、いやらしくて、可愛くて……一緒に、溶けてしまいたい…。」
何時の間にか始まって激しくなった荒い律動に言葉を途切れさせながら、柔らかに僕を包むその奥を何度も目指した。
嬌声と肌がぶつかる音が、狭くも広くもない風呂場に響く。それに気付いたはっちゃんが唇を噛むから、僕は人差し指で優しく開かせた。
「聴かせて…。」
中指と一緒に咥内へ滑り込ませ、舌と戯れる。はっちゃんは真っ赤な顔で恥ずかしそうに目を瞑り、切ない声をあげ続けた。
ずっと逢いたかった。ずっと抱きしめたかった。はっちゃんを感じたくて、僕を感じて欲しくて……。だから一つになれたこの時が、嬉しくてたまらないんだ。
「あっあっんっ…ふっ……かっ、ちゃん、もぅっ……!」
「んっ…僕も…っ。」
片方だけ手を繋いで、片手で腰を押さえ付けて強く突き上げた。
「…は…っんあぁっ!!」
「……んッ!」
ほぼ同時に熱を放ち、凭れてくるはっちゃんを抱きしめた。
「…幸せ。」
息を整えながら、掠れた声でそう言って見せる甘い笑顔には何時も見とれてしまう…。それは僕にしか見せないものの一つ。君の特別になれた、僕の方が幸せだよ…。
シャワーを浴び直してお風呂を出た僕達は、ベッドの中にいた。玄関に放置されていたはっちゃんの荷物は寝室に移したけれど、僕のパジャマを着たいと言うから貸してあげた。ちょっとブカブカで可愛い。
くっついて横になるのは、天香學園にいた頃から変わらない。寝る前のキスも、その後少し恥ずかしくなって…だけどとても幸せな事も。
「おやすみ。」
「今日は有難う、はっちゃん。……愛してるよ。」
「俺も…愛してるよ。」
あの頃と違うのは、『好き』が『愛してる』に変わった事。
体の距離なんて関係なく、想いは日々深まって、君に相応しく在りたい気持ちもそれに比例する。本当に、手放す気はないから…そう出来るだけの男になるから……ずっと一緒にいようね。
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