それはすべて君のせい
九龍妖魔學園紀 皆守←主
 その日の昼休み、ふいに消えた親友の姿を求めて九龍は屋上へと向かった。

 重い鉄の扉を空けた先から冷たい風が肌をさす。

 普通ならこんな冬も間近に控えたこの季節に屋上で昼寝をしようなんて考える輩はいないだろうに、九龍の探し人は独特の価値観を持っているがために普通とはちょっと違っていた。

 思っていたとおり、屋上には生徒の姿は見えない。

 九龍は小さく身震いをしながらこの時間、屋上で一番の日当たりのいい場所へと足を向ける。

 そうして発見した親友は、いくら日が出ていようとも身震いのする寒さの中で気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「・・・ほんっと、よく寝むれるよね、こんな所で」

 呆れたようにため息をついて九龍は惰眠をむさぼる親友・皆守甲太郎に近寄ると、その隣へと腰をおろす。

 実は、特に用事などなかった。ただ、彼の近くに居たかっただけの事。

 だから、起こすわけでもなく、小さな寝息を立てて眠る皆守を何気なく眺めた。

 癖のない真っ黒な髪の九龍とは違い、クセ毛で少し茶色がかった髪。この色は地毛なのかな〜と生え際を見る。

(地毛か・・・。ちょっとうらやましいかも)

 目を閉じても尚、垂れ目であることが分かる目元。筋の通った鼻。薄い唇。全体的に幼さが抜けきったその顔。

(起きている時はいつもだるそうにしていてやる気ないから気がつきにくいけど、こーちゃんって実はかっこいいよなぁ)

 惚れた欲目もあるのかもしれないが、それはこの際端に置いておく。

 なんと言ってもあの垂れ目がたまらない。

 妙な色気を醸し出すその眼差しは、なんど九龍の思考を麻痺させたかわかりゃしない。

 身長だってある。体格だって悪くない。これで女の子にモテないわけがない! 絶対に隠れファンがいるはずだ!

 もやもやと嫉妬が胸をうずかせる。

(いや・・・いやいや。こんなことで嫉妬してどうする! 九龍! しっかりしろ!)

 首を振ってそれを追い払うと、九龍は腹の上におかれた手に視線を向けた。

 硝煙と土埃に汚れた己の手とは違う、ラベンダーと魔法のように美味しいカレーを作り出す綺麗な手。

 毎日、気がつけばアロマをすっている彼の手は、やはりラベンダーの香りがするのだろうか?

 それとも、毎日食べているカレーの匂いか。どちらなのだろう?

「・・・・・・・・・・」

 むくむくと、好奇心が頭をもたげる。

 寝ている人間の手をかぐなんて他の人が見たら変態行為に見えるだろう。

 しかし。

 我慢しきれずに鼻先を、近づけてみる。次いで匂いをかぐと・・・。

「・・・ラベンダー・・・と、香辛料?」

 フローラルな香りの中にピリッと刺すような、ツンとするような匂い。

 このあまりにもミスマッチな組み合わせにしばし九龍は言葉を失った。

 予想に違わぬと言えば違わぬ結果に、思わず笑ってしまう。

「こーちゃんらしいや」

 そっとその手から顔を離す・・・が。

(まさか、味・・・まで染み付いてないよね)

 じっと、その手を見る。

 タコ一つない、綺麗な手。

 その手はラベンダーとカレーの香りが染み付いていて・・・。

「・・・・・・・・・・」

 今度こそ絶対に見つかったら変態にされる。

 しかも今度こそ、皆守を起こすだろう。

 でも、けれど!

(な、舐めたい・・・)

 なぜか好奇心が抑えきれず、九龍はごくりと喉を鳴らすと僅かに舌をのぞかせ・・・。








 ペロッ。








 と、指先に舌を触れさせた。

「あれ?」

 首を傾げ、九龍はまたもそれを舐める。

「う〜ん・・・」

 たりない?

 よく分からなくて、今度はもっと舌を出して大きく舐めた。

(無味・・・だ)

 何度か繰り返して、ようやくたどり着いた結論。

 香りはすれど、その指先は無味。

「な〜んだ。つまんないの」

 落胆して、肩を落とす。

 今度こそ手から離れようとしたのだが、さすがに舐めてそのままというのはどうかと思い、ポケットからハンカチを出すとそっとその指をぬぐった。

 皆守の様子を伺いつつそっと身を離すと、ふう、と息をつく。

(って、オレなにやっているんだろう・・・)

 好奇心が満たされて、我に返ればなんとばかばかしい事をしたのかと自分自身に呆れる。

(バカみたい)

 なんだか皆守に申し訳なくて、これ以上彼を見ていることもできず、九龍はその場にうずくまった。

 こうして寄り添っていれば寒くない。

(オレもひと眠りしよー・・・)

 昨日も探索で遅くまで起きていたのだ。少しくらいの休息は許されるだろうと九龍は目を閉じた。




















 静かな寝息が隣から聞こえるようになってから、皆守はぱちりと目を開けた。

 次いでこぼれる大きなため息。

「お前は猫か・・・」

 屋上に来たと思ったら起こしもせずにじっと視線を感じて、なにを思ったのか皆守の腹の上にある手に顔を寄せて匂いをかぐわ舐めるわ。気が済めば暖をとるように擦り寄って眠るこの男。

 九龍に舐められた指先を見る。

 実は舐められた時、さすがに驚いて一瞬目を開けてしまった。

 そこに映った映像に動揺したおかげで目を開けるタイミングを逃がしてしまった。

 くしゃりと、額の髪を掴む。

 好奇心に輝く瞳はあやしく伏せられ、うっすらと赤く染められた頬。

 ちらりとのぞいた赤い舌先が、己の指先を猫のように舐める姿は、なんとも普段の九龍からはかけ離れていて鮮烈な印象を脳裏に残した。

 いつもは無邪気に笑うアホ面か、宝探し屋《トレジャーハンター》としての緊張した面持ちしか知らなかった。

(あいつにも、あんな顔ができるのか・・・)








 あんな、誘うような・・・・・・。








 皆守は一度頭を振ると上体を起こし、アロマに火をつけようとアロマパイプを口元に持っていく。が、その手に九龍が触れたと認識したとたん、パイプを口に加えることなく手を下ろした。

「あーッ。クソッ!」

 なに意識をしているんだか!

 皆守は再び寝転がって空を見上げた。

 隣にはこちらの気も知らずに気持ちよさそうに黒猫が寝息を立てている。

「とんだ宝探し屋《トレジャーハンター》だな」

 とにかく、好奇心もほどほどにしろと言い聞かせなければ。

 寒いのかさらに皆守に擦り寄って暖をとる九龍を横目に見ながら、皆守は何度目とも知れないため息をついた。










プラウザを閉じてお戻り下さい。