写真のススメ
九龍妖魔學園紀 皆守×主
 ドウリャァァァァァァア!!

 校庭に響いた野太い声に窓の外を見ると、青い顔をした九龍が必死で走っていた。その直ぐ後ろには、嬉しそうな駿足のオカマ。こと、朱堂。九龍はもの凄い勢いでヤツから逃げ、昇降口に向かっていた。

「早速九チャンが襲われてる!」

 八千穂の声に、俺は教室を飛び出した。階段に近付くと、外で聞いたのと同じ雄叫びが向かってくるのが聞こえる。

「八千穂、窓開けろ。」

「え? うん。どうするの?」

 追ってきた八千穂が窓を開けると同時に、九龍が廊下に飛び出し、俺を見付けた。

「コウちゃぁん!」

「流石アタシの認めた男ねッ! 捕まえた時の感動を倍にする演出なんて、素敵よォォゥ!」

 助けて、と言う表情で俺に飛び付いてきた九龍を片手で抱き止めると同時に体を捻り、ハートを撒き散らして追って来たヤツの顔面を蹴り飛ばした。

「ぶふぉぅッ!!!」

 血を流して外へ遠ざかる奇妙な呻きを見送りもせず、八千穂は納得したように窓を閉めて九龍を振り返る。

「九チャン、大丈夫? 何があったの?」

「校庭で呼び止められて…この体を維持する為にトレーニングしてるわよねって言われたんだ。それで、二人で一緒にトレーニングしないかって。思わず走って逃げたら、追いかけられちゃって…。」

 息を切らせながら苦笑いする九龍に、八千穂は心配そうに俺を見た。

「やっぱり、早く何とかしないと危ないよ。」

「…そうだな。」

 放っておく気は無かったが。

「え? 何?」

「実はね、さっき皆守クンと話してたんだけど、何人かの男子が、写真に撮られてるの。」

「写真?」

 不思議そうな九龍に、俺は胸ポケットから数枚の写真を取り出した。

「お前のはこれだ。」

 まず王道の、笑顔。そして体育前後の着替え。意図的に下着は手前の物や人で見せず、膝下からを覗かせる微妙な角度。挙げ句、風呂場の脱衣場で上半身裸の九龍が、今まさにズボンを脱ごうとしている瞬間。極めつけは、風呂上がりに下着一枚の姿。

「…え……えぇえッ?! 女子がこんなの買うの?!」

「ウ〜ン、何故か男子にも売れてるみたい。あと、トトクンとか取手クンも撮られてるらしいよ。」

「大変! 何とかしなきゃ!」

 九龍にとって取手は、思わず面倒を見たくなる弟のような存在だ。八千穂もそれは知っている。…まぁ確かに、何処か放っておけなくなる雰囲気があるのは分からなくもない。

「そうよね! また誰か襲われるかもしれないし…。大丈夫よ九チャン。あたしも捕まえるの協力するから!」

「有難うやっちー!」

「…どうでもいいが、土足のままだぞ九龍。」

「ああッ!」

 予鈴が鳴る中で八千穂と結束を固めた九龍は、慌てて昇降口に走っていった。








 授業中、俺は九龍にメールを打たせた。夜、例のオカマを礼拝堂前で待たせる為だ。二人きりで話したい事があると言えば、何も疑わずに待っているだろう。

 指定したその時刻。知りたくなかった部屋の位置を調べた俺達は、中が無人な事を確認して鍵を開けていた。部屋に忍び込み、電気を点ける。

「「…………………」」

 そして絶句した。

 ……いや、予想していなかったわけじゃないが、まさかここまでとは…。

 白いレースがついた上品なピンクのカーテン。部屋の中央には赤いハートの形をした毛の長いマットがあり、直ぐ側には椅子付きの白い鏡台。天蓋付きベッドの上には、花弁が散っていた。机上にはバラの鉢植えが置いてある。

「……ぶ…部分的に可愛い部屋だね…。」

「…部分的だろうが大々的だろうが問題だろ…。」

 ベッド上の花びらと共にある九龍の写真には、赤い口紅の分厚いキスマーク。ベッド下からはゴツいバーベルが覗いている。バラの鉢植には『ダーリンとアタシの愛』、最後にはしっかりハートマーク付きだ。壁には九龍をメインに男子の写真が隙間無く貼られていた。隅にある八千穂の写真には、『永遠のライバル』と殴り書きがあり、お約束のように鼻に画鋲が刺してある。

『ダーリンとアタシの邪魔者!』

 と言う声が聞こえてきそうで、思わず溜息を吐いた。勿論、貼られた写真は全て隠し撮りだ。

 俺は九龍の写真から剥がしに掛かった。

「やるぞ、九龍。」

「あ、うん。」

 ハッと我に返った九龍もネガを探しに部屋をあさり始める。流石と言うべきか、空き巣の腕もやはりプロだった。

 『すどりん 美と情熱の日々』と銘打った日記らしきものを見付けた時は揃って手が止まったが、その存在は見なかった事にした。


 そして俺達は大量の隠し撮り写真とネガを回収し、デジカメが無い事をよく確認すると、ずっしりと重くなった袋を抱えて部屋を出た。








「遅いわダーリン…何を恥ずかしがってるのかしら? 茂美は心も体も準備万端よッ!」

 待ち合わせ場所で一人、怪しく身をクネクネさせる影が見える。何の準備だ、と心の中でツッコミつつ、俺は顔を見合わせた八千穂と頷きあった。

「大変よ! 誰か来て!」

 木陰から飛び出した八千穂が、叫びながら走っていく。

「なッ、こんな所に何しに来たのよ! アタシとダーリンの邪魔はさせないわよッ?」

「何言ってるのよ?! 墓地のあっち側で、九チャンが誰かに襲われたのよ! 寒いのに服なんてはだけちゃってるし、大変な事になってるんだから!」

「何ぃッ! アタシの男に手ぇ出すなんて、いい度胸してんじゃねえかッ!! 今行くぜッ!!」

 ドスのきいた声で叫び、八千穂の指さした方へ走って行く姿は、正に駿足。

 だが、離れた所ではだけたシャツを押さえ、半身を起こした九龍の手前で、小さな悲鳴と共に突然その姿が消えた。

 追い付いた俺は九龍と肩を並べ、深めに掘られたその穴を覗き込んだ。遅れて八千穂も駆け寄ってくる。

「イタタッ…んもぅ、何なのよッ。」

「すどりん…。」

「あっ、ダーリン! アタシを助けに来てくれたのねッ!」

 絵に描いた様に無様に潰れていた朱堂は体を起こし、九龍に投げキスを送った。思わず揃って後退る。

「…その前に聞きたいんだけど、最近出回ってる男子の隠し撮り写真、誰が撮ってるか知ってる?」

「…そッ、それは……! アタシだと思ってるなら誤解よッ。」

 九龍の問いを否定する朱堂に、俺は冷たい眼差しを向けた。

「…じゃあ聞くが、そこに転がってるカメラは何だ?」

「あッ、あ〜ら、何の事かしら〜?」

 落ちた時に飛び出たらしいインスタントカメラを素早く隠し、額の汗を拭う。バレてる事に気付いてるんだろう。

「とぼけたってムダよ! 前回で懲りたと思ったのに…。」

 八千穂がぐぐっと拳を握る。

「ダーリン、これは何かの間違いよッ!」

「九龍…。」

 俺はポンと九龍の肩を叩くと、八千穂と一緒に立ち上がって穴から距離を取った。九龍も立ち上がり、溜息を吐いてポツリと呟く。

「リカちゃん。」

「はいですぅ〜。」

 密かに待機していた椎名が明るい声を上げ、ブーケでも投げるかのように爆弾が投げられる。爆音が鳴ると共に、黒煙を連れた強風が穴から飛び出した。これでカメラは壊れただろう。

「帰るぞ。」

 八千穂と椎名に声を掛け、九龍の肩を抱く。

「騒いで悪かったな。」

 シャベルを持って立っていた墓守に手を上げた。すみません、と九龍も頭を下げる。墓守には事前に断りを入れておいた。九龍の貞操を守る為だと言えば、断る奴はいない。…正直、複雑だが。

「大丈夫かな…。」

 少なからず良心が痛むのか、九龍が、まだ煙の上がる穴を見やる。それは既に、墓守によって埋め始められていた。

「殺したって死なねぇよ。」

 寧ろ、俺の九龍にちょっかい出すなら、それくらいの覚悟があって当然だ。















「…ッ…どうせ、写真GETした…んだから、飾ってよ。」

「要らないだろ、別に。」

「何でだよー…んっ。」

 不満気に尖る口をキスで塞いだ。部屋に連れ込んだ九龍の体が、ベッドの中で跳ねる。さっきから腰を押し付けてきてるくせに、余裕だな?

「…ぅあっ…コウ、ちゃ……ああっあ…。」

 熱を埋め込まれる苦しさは、何度ヤッても慣れないらしい。器官の働きに逆らうんだから、それもそうだろう。苦しませるのは不本意で、どんな可愛がり方をしていても、ここは何時も待ってやる。大きく上下する胸に舌を這わせる度に、九龍の体が、中からピクピクと反応を返す。

「俺は、コウちゃんの…んんっ……写真、……あぁ……欲しいよ…?」

「朝から晩まで会ってれば要らないだろ。」

 顔を上げて見下ろすと、九龍は真っ直ぐに俺を見つめてきた。

「足りない!」

 生理的な涙だろうが、そんな目でそんな事を力を込めて言われると、中まで締まって余計に煽られる。

「…まぁアレだ。……写真じゃお前を抱けない。」

「…コウちゃん…。」

 甘く名を呼ばれ、首に腕が回される。それを合図に俺は腰を動かした。

「足りないなら、満足するまで抱いてやる。」

 ニヤリと笑ってそう言うと、九龍は真っ赤な顔で何かを言い掛けたが、それは直ぐに喘ぎに紛れて分からなくなった。










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