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九龍妖魔學園紀 皆守×主
元気にしているのか?

今、どこで何をしている?

お前のことだ。きっと新しい遺跡を前にして浮かれているんだろう。

お前が去って、この學園も静かになった。

大声で人の名前を呼んで飛びついて来る奴も、気持ちよく寝ているのに無理やり起こしに来る奴もいない。

顔を見て笑いあったり、なんでもない事を楽しそうに話したり、いつもは煩いくせに時折ただひっそりとそばにいた奴は、もういない。


なぁ、今どこにいる?

遠い空の下で、お前は何をしている?

何を、思っている?


この空をめぐる風にのって、俺の声は届くだろうか?

なぁ、九龍。

俺は、お前にー・・・・・・。




















 風が、空気が少しずつ柔らかく暖かくなっていく。

 まだ3月になったばかりで冷たく感じられる事も多いけれど、それでも、季節は確実に移り変わっていた。

 葉佩九龍が去ってから、もう三ヶ月が経とうとしている。

「もうすぐ卒業式だねー」

 校庭に植えてある木々にほんのりと小さな薄桃色のつぼみが色づいているのを眺めながら八千穂が言った。

「そうね・・・」

 その隣で同じく木々を見つめていた白岐も口元にかすかに笑みをしいて頷く。

 八千穂はともかく、白岐はずいぶんと柔らかくなったものだと皆守は二人を眺めた。

 それもこれも、二学期の三ヶ月間しかいなかった破天荒な『宝探し屋』のせいだな、と今はもうこの場所にはいない彼を思い出す。

 癖毛の皆守とは違う、さらさらと指通りのいい黒髪と、少し大きめな黒い瞳。

 キレイ系の端正な顔立ちをしているのに、その天真爛漫な性格で可愛いと称されることが多い。本人は男らしくなりたいのだと主張していたが、その一生懸命さが微笑ましく思われている事に気がついていないようだった。

 そう。いつも何事にも全力投球で心を傾けている、そんな葉佩の存在は皆守にはまぶしすぎる存在だった。

「なんだかあっという間だったなぁ。特に九チャンがきてから! そう思わない?」

「あ?」

 物思いにふけっていた皆守は急に話題をこちらに振られて反応が遅れる。

「もう! ちゃんと聞いててよ」

 完全にこちらに体を向け、膨れて腰に手をあてる姿は遺跡の中でもよく見かけたものだった。

 先陣をきって歩く葉佩の後ろを八千穂と皆守がついて探索をする日々。

 腕はいいのに無茶をする葉佩の暴走を抑えるのが皆守の役目。

 あの頃は、胸のうちにある正反対の感情に振り回されてずいぶんと浮き沈みが激しかったような気がする。

 葉佩の願いを叶えてやりたい自分と、それを阻止せねばならない自分。

 どんな形であれ共にありたいと願い、けれどそれはかなわない夢なのだと過去が言う。

 がんじがらめに捕らわれて、己の中の矛盾が大きくなるたびに葉佩の裏表のない笑顔を見るのが辛かった。

「九チャン・・・卒業式には来られるのかなぁ? ねぇ、皆守クン?」

「は?」

 ふと、葉佩の名に反応して顔を上げれば、ちょっと寂しげな、けれど優しい微笑を浮かべた八千穂の眼差しとぶつかる。

「卒業式だよ。九チャン、絶対戻ってくるからって言っていたけど、卒業式には来てくれるのかなって」

 旅立つ葉佩が去り際に残した再会の約束。





『俺は先に旅立つけど、絶対に戻ってくるから! だから、いつか必ず会おう!』





 本当は寂しいくせにみんなに心配をかけさせまいと精一杯いつもと同じ笑顔で告げた言葉。

 いつとは明確に言わなかった。

 それは葉佩自身いつ帰ってこられるのか分からないからだろう。卒業式に共に出られる可能性は、限りなく低い。

 それでもー・・・。

「一緒に卒業したいなぁ」

 その願う言葉に、皆守も白岐も目を伏せた。

「・・・帰ってくるわ。きっと」

 しばしの沈黙の後、白岐はそっと微笑んで八千穂を見る。

 控えめだが、しっかりとした口調に皆守と八千穂は目を見開く。

「・・・ああ、そうだな」

 そのなんの根拠もない、だが妙に説得力のある言葉に驚きながら皆守もまた頷いた。

「あいつはきっと帰ってくるさ」

 口元に笑みを浮かべる。

 そう。行動が予測できない彼だからこそ、もしかしたらと思わせる何かがあった。

 それを信じられるだけの時間を自分たちは共に過ごしたのだ。少しくらい夢を見るのもいいかもしれない。

 すると、いつも寡黙な二人が揃って肯定を返したからだろうか、八千穂は感極まるといった風に頬を染めて大きく頷いた。

「うん。そうだよね! 九チャンだもんねッ」

 白岐と同じようになんの根拠もない八千穂の言葉に皆守は思わず苦笑をこぼす。

 そんな皆守を八千穂は少し驚いたように見つめ、そしてそっと控えめに笑みを浮かべた。どうしたのだろうかと視線を送れば、彼女はしばし躊躇ったように視線を彷徨わせる。白岐はそんな八千穂を励ますように肩に手を添えた。

 八千穂はそれに小さく頷くと、まっすぐと皆守を見つめた。

「ね、皆守クン」

 二人の様子に不信げに眉を寄せる。

「なんだよ?」

 八千穂は白岐の助けを得ているからか怯まずに言葉を続けた。

「少しは・・・元気になった?」

「は?」

「・・・九チャンが行っちゃった後、落ち込んでたでしょ?」

「はぁっ?」

 予想外の言葉に思わず気の抜けた言葉を発した皆守はさらに続けられた台詞に言葉を失った。

「冬休みはほとんど部屋から出てこなかったみたいだし、新学期が来ても屋上でぼーっとしてさ、九チャンがいた時には出てた授業もしばらく出なくなっちゃって」

「・・・・・・」

「ヒナ先生も授業に出なさいって言わなかったのは、皆守クンの気持ちを思いやってだし。みんなも、皆守クンの前では九チャンの話、控えていたんだよ」

「・・・・・・」

「でもさ、最近表情が明るくなってきたから元気になったのかなーって」

 そんなこと、みんなが考えているなんて思ってもみなかった。

 皆守はやはり言葉もなく二人を見つめる。

 九龍が去って、確かに気が抜けた。

 何もやる気が起きなくて、ただ無為に毎日を過ごしているうちに彼の存在がどれだけ自分の心を侵食しているのかを思い知った。

 どこに行くにも、葉佩の影がついて回る。

 今、隣にいないことが不自然でやるせない気持ちになった。



 会いたくてしょうがなくて。声が、聞きたくて・・・。



 でも、そんな女々しい事を皆に知られたくないから、なんでもない振りをしていたつもりだったのに。

「・・・最初から、落ち込んでなんていないさ。あいつがここから去るのは分かっていたことだし、あれだけやかましかった奴がいなくなったからな、久しぶりに一人を満喫していただけだ」

 ばれていたと分かっても、素直に落ち込んでいたなんて思われたくなくてうそぶく。

 だが、八千穂は即座に「うそ」と返して言葉通りには受け取ってくれなかった。

「うそじゃない」

 しぶとく首を横に振ると、八千穂はにっこりと笑みを浮かべてビシリと皆守に指を突きつけた。

「うそだよ。あれだけ仲が良かった友達がいなくなったら寂しくて当然じゃない!」

 ね、と確信を持った笑顔で言われてしまえば折れるしかなく、皆守は小さく笑みをこぼした。

「・・・・・・ああ。そうだな」

 頷けば、「そうだよ」と満足したように八千穂も頷き返した。

 そんな満足をしている彼女を横目で見てから、皆守は葉佩が使用していた机に視線を移す。

 『友達』

 確かに、自分たちは友達だった。

 葉佩は皆守が好きだと言っていたが、自分たちの間に流れているのは友情だと思っていた。

 度々、強引に奪われたにしろキスをしていたのに、それでも恋情ではないと思い込んでいた自分はなんと鈍感だったのだろうか。

 おかしな事にあの頃は何故かずっと冗談で『好き』と言っているものだと思っていたのだ。そんな彼の言葉が本気だと気がついたのはあの最後の決戦の時。

 あの時の葉佩の顔が忘れられない。

 プロの宝探し屋として、怯まず武器を構えた葉佩。

 けれど崩れゆく遺跡の中で戦いの時とはうって変わって死ぬなんて許さない。置いて行くなんて絶対に許さないと怒りながら、泣きながら叫んだ葉佩。

 命に溢れ、強い光を放つ瞳を見た瞬間、それまで自分の中でくすぶっていた感情が友情を飛び越えていることに気がついた。

 だから、全てが終わり、別れが近いと悟った時、葉佩の心を繋ぎ止めたくて彼に触れた。

 情けないことに、そうすることで縛られたのは自分の方だったのだけれど、確かに皆守と葉佩は『恋人』になった。

 だというのに、葉佩は去り際に連絡先も教えず、それから一ヶ月以上も音信不通。

 葉佩の気持ちを疑うわけではないが、恋人になったことを分かっているのか。皆守は一時の気まぐれで手を出すような人間ではないことを葉佩も分かっているはずなのに。

 実は、皆守の落ち込みは葉佩が去ったことも原因だか、恋人からの連絡がない事に鬱々としていたのも原因だったのだ。

 二人が恋人関係になったことを知らないものから見れば、確かに友人が去って寂しがっているとしか映らないのだろう。

 去り際、自分たちは甘い雰囲気一つ出すことなくあっさりと分かれたから、気付いたものはいないはずだ。



 それはともかく、皆守の気分が上昇したのは2月14日。バレンタインデーの日だった。

 待っていた恋人からようやく電話が来たのだ。

 なぜ連絡をしなかったのかと思えば、答えは呆れてものが言えなくなるようなまぬけな理由。

 けれど、お互いが同じ気持ちなのだと分かって心の底からほっとしたのも事実だった。



『待っててっ。今の仕事、張り切って頑張って超特急で終わらせるからね!』



 その時、改めて交わした再会の約束。

 やはり、いつとは言わなかった。

 天香學園での遺跡探索期間を考えれば、卒業式に間に合う可能性は限りなく低いのだ。

 けれど、電話口で聞いた葉佩の言葉を信じるならば、再会は遠いことではないないはず。

 そう。白岐が言ったことも真実となるかもしれない。

 あいつはやるといったらやる男だから。

 皆守は窓の外の空を見上げ、異国の地で遺跡探索に明け暮れているだろう最愛の宝探し屋に想いを馳せた。




















九龍。

元気にしているか?

お前のことだ。きっと約束を果たすために懸命に遺跡に挑んでいるのだろう。

お前が去って、もう三ヶ月が経とうとしている。

けれど、お前が解放した生徒会の連中も、執行部のやつらも、みんなお前の話ばかりしていて、お前の存在はお前が去った今もこの學園にあり続けている。

お前が帰ってくるのを待ち続けている。


九龍、俺たちはもうすぐこの學園を卒業する。

お前と共に過し、お前の手によってなくしていた大切なものを再び手にしたこの場所を去る。

みんな、お前と共にこの學園を卒業することを願っているぞ。

だから、早く帰って来い。










俺も、お前に・・・早く会いたいから。










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