Your Melody
九龍妖魔學園紀 取手×主
 食事を終えた後の昼休み、はっちゃんは必ず音楽室に来てくれる。僕はその前に空気を入れ替えようと窓を開けた。風は少し冷たいかもしれないけれど、陽射しはそれを補えるくらい暖かい。

 今日は何を弾こうか。先ずは…君に似合う明るい曲を。それから、疲れている君の体が休まるように、眠れる子守歌を。何時も選曲に迷うけれど、君は口許に笑みを浮かべて、時には夢現になりながら聴いてくれる。

 今日はね、はっちゃん。どうしても…君に聴いて欲しい曲があるんだ。


「かーっちゃん!」

 ガラッという音と、元気な声。窓の外を眺めていた僕は、振り返って笑い掛けた。

「こんにちは、はっちゃん。」

 何故か一瞬だけ、僕を見つめて…ドアを閉めた君が走り寄ってくる。腕を広げれば、抱き付いて嬉しそうに僕を見上げて、少し背伸びをしながら頬にキス。それが可愛くて、わざとあまり屈んであげないのは、意地悪かな……?

 恥ずかしいから、君の笑顔を見るだけでドキドキするのを隠してみる。僕からも頬にキスをして頭を撫でると、君がぽつりと言った。

「…何か悔しいなぁ。」

「何がだい…?」

「…内緒。」

 そう言って、君は僕の胸に頭を擦り寄せる。

「気になるよ、はっちゃん……。」

 僕、何か気に障る事をしてしまっただろうか。

「でも、内緒。」

 教えるつもりは無いらしく、君は笑って僕を見上げた。

「弾いて?」

 気にはなるけれど、君のこの笑顔には逆らえない。それに…笑っているから、嫌な想いをさせたわけではなさそうだ。

「…うん…。今日は、聴いてほしい曲があるんだ。」

 僕は頷いてピアノに向かった。はっちゃんが近くの机から椅子を引っ張って来る。

 楽譜なんて見なくても覚えているその曲を、僕は想いを込めて弾き始めた。


 くるくるとよく変わる表情。聞くだけでこっちまで楽しくなる様な、弾んだ声。垣間見せる寂しさと厳しさ。そして…溢れる優しさ。

 そんな君を音に変えて。強く、弱く…リズミカルに。光の様な君が…何時の間にかこんなにも惹かれた想いが、静かな室内に満ちていく。


 やがて弾き終えると、にこにこしながら静かに聴いていたはっちゃんは、瞳を輝かせて拍手をしてくれた。

「かっちゃん凄い! …何かちょっと切ないのに、明るくて…綺麗な曲だね。上手く言えないけど…聴いてて気持ちが明るくなるって言うか。かっちゃん、この曲好きで弾いてるでしょ。」

 満面の笑みと心からの言葉に、ホッと肩の力が抜けた。

「分かるのかい……? 嬉しいな。これは、はっちゃんを想って書いたんだ。」

「え…かっちゃんが作ったの?! しかも俺?」

 驚いたはっちゃんは、頬を上気させて僕を見た。

「うん。だから弾いていると……嬉しくなるって言うか……上手く言えないけれど……。」

「うん…何か分かるよ。俺には勿体無いくらいの曲だけど…有難うかっちゃん。凄い嬉しい。」

 僕に抱き付いてくる君のその笑顔が、僕にしか見せない笑顔だと気付いたのは何時だったろう。嬉しくて、君が驚く程、とても強く抱きしめてしまったのを覚えている。

 あの時と同じように腕の中に居る君を、優しく抱きしめた。

「嬉しいのは僕の方だよ。喜んでくれて有難う、はっちゃん。」

 勇気を出して弾いて良かった。本当は…とても緊張していたんだ。


 それから昼休みが終わる迄、君は寝ないで甘えてきて、僕はあまりピアノを弾かずに過ごした。

 そして音楽室を出る直前。

「何時か見とれさせるぞ。」

 君は、何か決意した様に呟いた。

「何がだい…?」

「えっ?! なっ、何でもないよ!」

「そう…?」

「それより、昼休みって短いね。」

「そうだね。」

 昼休みは、何時もあっという間。

「「もっと長ければいいのに…」」

 重なった声に顔を見合わせ、笑いあった。

 今日も、君の笑顔を見れた。君と二人で過ごせた。昼休みは、短くても大切な時間。

 はっちゃん…僕が曲を書いたら、きっと殆ど全てが君への曲になる。どうか重いと思わないで…その時は、また聴いてくれると嬉しいな。










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