夕日の中で
九龍妖魔學園紀 皆守×主
 肌寒くなってきた秋の屋上に転がり、遠くなった空を眺めながら、俺はラベンダーの香りで肺を満たしていた。微睡み始めた体が感じる涼しい風と、少し冷たいコンクリート。寝るのに支障は無く、俺はそのまま目を閉じ、眠りに身をゆだねた。


 髪が撫でつけられる感覚に、意識が浮上していく。風にしてはあたたかくて…柔らかい。ずっと撫でられていたような、ずっと撫でられていたいような、心地良さ。

「甲太郎。」

 不意に意識が覚醒する。人の気配に驚いて目を開けると、九龍がいつもの脳天気な笑顔で俺を見下ろしていた。

「もう起きないと、下校のチャイムが鳴るよ。」

 これでも俺は、気配や物音には敏感だ。寝ている間でも、触れられるどころか、何かが近付く事さえ許した事は無い。必ず目を覚まし、特定し、備える。それなのに、これはどういう事だ?

「…いつからここにいた?」

「ん〜…三十分以上は前かな? 気持ち良さそうに寝てたから、起こせなかったんだ。でも風も冷たくなってきたしさ。」

 相変わらず俺の頭を撫でながら、のんびり答える。そんなに長く、俺は気付かないで寝てたのか。気配を消して近付いたワケでもない九龍に。…つまりそれだけ、俺は九龍に心を許してるって事か。

「九龍なら、俺を殺せるな。」

「何かいきなり物騒だなぁ。でも…」

 起き上がり、横に転がっていたアロマパイプを拾う俺の正面に座り、九龍は言葉を続けた。

「俺が甲太郎を殺そうとする時があったら、それは俺も死ぬつもりでいる時だよ。もし甲太郎が何かの理由で死んでも、俺は生きるかもしれない。でも俺が甲太郎を殺したら、その後で俺も死ぬ。」

 いつになく真面目な顔で、九龍は真っ直ぐに俺を見た。静かなその瞳は何かを見透かすようで、俺を落ち着かなくさせる。九龍は九龍なりに、感じているものがあるのかもしれないが…そんな事にはならない、なんて俺には言えない。

「それって…愛してるって聞こえるぜ、九龍。」

 顎を捉え、顔を近付けた。嫌なら逃げられる速さで。狼狽えたように頬を赤くした九龍は、瞳を逸らさず、意を決したように頷いた。

「…そうだよ。俺…甲太郎が、好き。恋愛の意味で、好き。」

 そう言うと、九龍は照れ笑いを浮かべた。

「もし甲太郎が俺と同じ意味で俺を好きじゃなくても、親友でいて…いい?」

 微かに震えながらいつもと同じ調子で話そうとする九龍に、ふっと笑いがこぼれた。

「…馬鹿だな。」

 もう、逃がす間は与えなかった。捉えていた顎を上げて唇を重ねる。それだけの、少し長めのキスを終えると、頬を赤らめた九龍は心底嬉しそうに笑った。

 その可愛さに、俺はもう一度、今度は深いキスを落とした。舌で柔らかな唇を舐め、歯の形を丹念に楽しむ。時々舌を絡め、息をさせる為に唇を吸う。零れるのは、甘い吐息、甘い声。抱き寄せた体をこのまま貪りたくなる。しがみつくように俺を掴んできた九龍の両手は、いつの間にかねだるように抱きついてきていた。

 やがて唇を離し、互いに乱れた息で見つめ合う。

「俺…甲太郎の顔がこんなに赤いの、初めて見た。」

「夕日だ、夕日ッ。そう言う九龍の顔の方が赤いうえに…やらしいけどな。感じたか?」

「ば、馬鹿太郎ッ。自分のがやらしい顔じゃんか。」

 逸らされた真っ赤な顔が夕日の所為だけじゃないのは、キスで潤んだ目を見れば分かる。嬉しそうに緩んだその頬にキスをして、俺は九龍を抱きしめた。

 俺達の根本的な関係を思えば、先の事は分からない。ただ、言えるのは。

「何があるか分かんねぇのが遺跡だけど…俺の気持ちに嘘は無いからな。」
 信じろなんて言えない。それでも、いつか来るかもしれない日が来ても、この想いだけは信じてほしい。誰に何を言われても…九龍、お前にだけは。

「俺達、何かを疑うような時間なんて、過ごしてきてない筈だよ。俺の知らない甲太郎がいたって、受け止められる。俺はとっくに信じてるんだよ、甲太郎。何も不安になる事なんて無い。俺は絶対、どんな甲太郎からも逃げないから。だから…ちゃんと聞きたい。返事、聞かせて?」

 甘えるように首筋に擦り寄ってきた頭を撫でた。有難な、九龍。俺はその想いだけで、もう満足かもしれない。

 他にどんな可愛いねだり方を知ってるのか、近いうちに確かめようと思いながら。顔を見られないように抱きしめたまま、耳元で言った。

「好きだぜ。俺には九龍だけだ。」










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