比翼の鳥
Episode.5
 勝利を手に凱旋した正規軍は、到着が夜だった事もあり、ロンベルクとミケーレを残して宿舎に帰った。国をあげての祝いは明日開かれる事になっている。二人は謁見の間で王や大臣達に詳しい報告をしていた。王の隣にはクルキスも控えている。セミロングだった髪は短く切った上で布が巻かれ、肌色もまだその白さを完全には取り戻していない。
「アウリーガェについての処遇は明日の宴で公表するが、王の幽閉以外、誰を処罰する気も無い。正規軍全員に褒美を取らそう。それとロンベルクには、北国より取り寄せた楽器もだ。以前、欲しいと言っていただろう?」
「有難き幸せに存じます。」
「ミケーレ、お前にも特別に褒美がある。」
 王がそう言うと、一人の女がミケーレの前に歩み出た。
「ハダル卿の娘だ。卿はお前を高く評価していてな、是非婿にと言っている。その娘も、教養ある良い妻としてお前を支えるだろう。」
 王の言葉に驚きを隠せず、ミケーレは視線をクルキスに移した。目を閉じ、ほんの僅か顔を斜め下に向けている。表情を抑えている時の癖だ。
「ミケーレ様。」
 はっとして視線を戻すと、ドレスの裾を持った娘が優雅に一礼した。
「初めてお目にかかります。ミケーレ様のご活躍はかねてから耳にしており、お会い出来る機会を待ち望んでおりました。このように嬉しいお話と共に王からご紹介頂けて嬉しゅう御座居ます。」
 大きな瞳に桃色の頬、愛らしい唇から流れる軽やかな声。華奢な体は何処か妖艶で、成熟に向かっている事を感じさせる。
「・・・・・・それは、有難う御座居ます。」
 混乱したまま一言だけ返し、ミケーレは王を見上げた。
『・・・・・・婚約が、決まったんだ』
『普通の幸せを、手にした方が・・・・・・』
 クルキスの事だとばかり思っていた。だが、あれは。
「王、私は・・・・・・。」
「何か不満か、ミケーレ?」
「そうではなく、私は・・・・・・そういった事は、考えていませんので・・・・・・。」
「では考えてみる事だ。悪い話ではあるまい。」
 無碍に出来る立場ではない。ミケーレは黙って頭を垂れた。
 退室を許された扉の外、ミケーレは重い溜息をついた。ロンベルクが隣で苦笑する。
「人生を無理強いする王ではない。よく考えて、それでも受け入れられなければ辞退する事も可能だろう。」
「はい・・・・・・。」
 屋敷に帰るロンベルクの後姿を見送り、ミケーレはクルキスの部屋に向かった。
 彼が何故、別れたいと言ったのか。婚約が自分の話だと知った今、やっと理解出来た。
 ミケーレは、シェマリー族だ。王宮を含め国内の部族間の偏見等は薄い方だが、それでも差別は何処か根強く存在する。エリック卿はアスケラ族だ。彼が後ろ盾になれば、アウリーガェとゼルディアに両親を殺されたと言っても過言ではないミケーレが、反乱を企んでいると言った陰口も懸念もなくなるだろう。正規軍の幹部クラスは宿舎ではなく自宅に住む事も可能だが、ミケーレはそうしない。それを、弱みを持たない為だと言う者もいた。
 そんな噂を持つ者と関わる事を躊躇うクルキスではない。将来の為にも後ろ盾が必要だと考えた王に同意したのだろう。
 馬鹿か、アイツは。そんな事、俺が気にしているとでも思ったのか。湧き上がる怒りに足音が荒くなる。だがそんなクルキスでさえ愛おしいと想う自分が居る事も否めない。
 生憎、クルキスは部屋にいないようだった。仕方無く宿舎に戻り、怪我人の様子を見る為に病棟に行くと、医療班ではない男性が働いているのが目に入った。
「・・・・・・神父殿?」
 声を掛けると、気付いた男がにこやかに頭を下げた。
「ミケーレ様。無事の御帰還、おめでとう御座居ます。」
「有難う御座居ます、神父殿。」
 常に纏う穏やかな雰囲気に、自然と心が和んでホッと笑みが浮かぶ。
「栄誉ではなく、俺の無事を素直に祝って下さるのは、貴方くらいだ。」
「それだけの快挙を成し遂げましたからね、貴方は。」
 くすりと笑う神父に、ミケーレは苦笑を返した。
「勤めを果たしただけなんだが、な。」
「貴方は常に自分を律し、王の希望を果たそうとしますね。・・・・・・そんな貴方の無事を願っていたのは、私だけではありませんよ。」
「だと嬉しいが。」
「貴方が遠征に出る度、どんなに多忙でも、毎日必ず貴方の無事を祈りに来る方がいます。今回は我慢出来ずに追い掛けて行ったようですが。」
 愛されてますね、と。神父は心底嬉しそうに笑った。
「今日は私と擦れ違いに貴方の無事を感謝しに来ましたが、もう帰ってくるでしょう。」
 知られている。クルキスが漏らしたとは思えないが、自分達の想いを神父は知っている。ミケーレは恥ずかしくなりながら、神父に頭を下げた。
「有難う御座居ます。」
「どういたしまして。貴方達の未来に祝福を。」
 神父と別れたミケーレは、来た道を引き返した。目指すは王の執務室。考えるまでも無く、これからの自分に必要なのはクルキスという存在だけなのだ。


 クルキスの部屋は、執務室兼居間や寝室等が扉で繋がって一つの部屋になっているが、中に入る為のドアは一つだけだ。寝室に居れば聞こえない事もある。ドアをノックしても返事が無かったが、ミケーレはもう待つ事は出来無かった。馬が居たから帰っている事は間違いない。勝手にドアを開け、明りの漏れている寝室に向かう。だが其処にクルキスの姿はない。その部屋の奥は浴室である。その扉を開けたミケーレは、今まさに服を脱ごうとしているクルキスと目が合った。傍らには自分のマントが丁寧に畳まれている。
「ミ、ミケーレッ? 何で此処に?」
「話をしにきた。」
 慌てていたクルキスは、その一言に冷静さを取り戻したようだった。悲しそうに笑いながら目を逸らす。
「婚約の事? 相手は良家の優しいお嬢様だよ。それがお前には一番相応しい。・・・・・・きっと、似合いの夫婦になるよ。」
「後ろ盾も、その為の女も、俺には必要無い。周囲の噂などどうでもいい。」
「よくないよ! 例え噂であっても俺は許せない。」
 唯ミケーレの幸せだけを考えて別れを告げた。同性である事さえも受け入れて恋人になった筈だが、若くして副将軍にまでなったミケーレの昇進を妬む言葉を聞く度、何も出来無い事を悔しく思うと同時に、無意識に自分に対し罪悪感を持つようになった。もしこの体が女であったら、堂々と婚約でも結婚でもして、彼の後ろ盾として僻む者達を見返す事が出来るのに、と。
「噂なんて今更だろう。王やロンベルク将軍から得ている信頼は、そんな事では揺らがない。」
 そう言ったミケーレは、クルキスが他の理由を持っている事に気付いた。こんな事はクルキスにも分かっている筈だ。それでも別れを告げたのは、別の理由も重なったからに違いない。ミケーレはクルキスの頬を両手で捉え、上向かせて視線を捉えた。
 『普通の幸せ』。その言葉が脳裏をよぎる。
「お前、何を考えた? 俺が結婚を望んでいるとでも思ったか? お前と別れてまで家庭を求めているように見えたか?」
 ミケーレの言葉に、クルキスの瞳が揺らぐ。観念したのか、クルキスが口を開いた。
「ミケーレが、俺を想ってくれてるのは知ってる。でも俺は男だから、子供は産めない。立場上、結婚も出来無い。家族を見ると羨ましく想う気持ち、あるだろ? そんな目をする事があるの、知ってる。だから・・・・・・。」
 震える声で告げられた思いに、ミケーレは思わず溜息をついた。誤解させた自分にも責任があるのかもしれなかった。
「家族が羨ましかったのは、子供の頃の話だ。今も羨ましく思わない訳じゃないが、それは意味が違う。将来を誓う儀式など、お前が相手でなければ意味が無い。子供も、お前との子供なら可愛いだろうが、女に産ませてまで可愛がる気は無い。羨ましいのは家族ではなく、そうやって公然と一緒に居られる関係である事だ。家族そのものじゃない。」
 この国の神は、同性愛を否定しない。だが、快く受け入れない事も確かだ。公的な役職ともなれば、それを認めない風潮もある。
「だが、お前と手を取り合えるのなら、性別や法に守られなくてもいい。・・・・・・俺は唯、お前と居たいだけだ。」
 時間の密度に不満は無いが、隠さなければいけないが故の制約と、多忙ゆえの逢瀬の短さに苛立ちを感じる事はある。もっと沢山の時間をもてたなら、こんな擦れ違いは生まれなかったかもしれない。
「ごめん、ミケーレ・・・・・・。」
 涙を零し、クルキスは頬を包む大きな手に自分のそれを重ねた。
「俺が好きだろう?」
「ああ、好きだ。」
「それなら、勝手に俺の幸せを決めるな。」
「ん。ゴメン。」
「俺はお前しか要らない。覚えておけ。」
 唇を落とし、片腕でクルキスの細い腰を引き寄せる。どれだけ愛しているか、よく教え込まなければならない。クルキス以外の誰かを自分の傍に置こうなどと、二度と思わないように。

 体に塗った塗料を落とす為の薬草につけた布で、ミケーレの体を擦っていく。薬草の効果か、肌の色はだいぶ薄れていた。
「やっぱり背中は、他よりまだ色が濃いな。」
 一度石鹸で洗った体を眺め、痛みを与えない程度に強く擦る。同じ塗料に触れているミケーレの手は、体の中でも一番洗う機会が多い場所のせいか、クルキス程ではないにしても、薄くなりつつある。
 ミケーレは、体が前に逃げない様にと胸元を抑えた手の平で、既に硬くなっている突起をこねるように押し潰した。先程果てたばかりの体は揺れるだけで力が入らず、クルキスの手が弱々しくミケーレの腕を抑えようと掴む。
「倒れたら危ないぞ?」
 涼しい顔でそう言い、ミケーレはクルキスの体を反転させると優しく抱き締めた。
「ミケーレが大人しく洗わないからっ・・・・・・。」
 ミケーレは両手でクルキスの臀部を掴み上げ、合間に脚を差し入れて自身を刺激した。
「あっ・・・・・・。」
「お前が大人しくしないからだろ? さっきも石鹸の泡塗られたくらいで体をくねらせて・・・・・・。まさか風呂に入る度にああなのか?」
「馬鹿、ちがっ・・・・・・うん、んっ・・・・・・。」
 口を塞ぎ、中を舐めまわす。舌を吸い上げて自分の口腔に入れ、歯で挟んでから舌でなぶった。軽く唇が触れているだけのクルキスは苦しくない筈だが、それでも息を荒げて縋り付いてくる。脚を刷り上げて下肢を刺激してやると、鳴声を高くして体を震わせた。
 舌を開放すると、クルキスの舌先から唾液が滑り落ちる。もう理性など無いも同然だった。愛しい者の力強い腕に身を任せ、甘えるように腰を擦り付けた。
「ご、めん、れ? も、傍、いりゅ・・・・・・。」
 とろけた顔で笑み、痺れてまわらない舌を必死に動かすクルキスの頭を撫でてやる。
「もう離れるなよ。」
「はな・・・・・・ぇない。」
 コクコクと頷くクルキスに笑みを返し、ミケーレは後ろから手を伸ばして秘孔と袋を結ぶ道の真中を押した。一定のリズムで押す度に、クルキスがビクリと腰を引く。
「はぅっ、・・・・・・やっ、ああ・・・・・・・・・っん!」
 押し上げながら腰を抑えると、既に反応を示すクルキス自身がぬるりとミケーレの脚に擦れ、刺激に耐える様にクルキスは小さく首を振った。恥ずかしいと思っても、自らを擦り付ける様に腰が動き出すのを止められない。初めて触れられた場所は、押される度にクルキスの快感を強めていく。その反応に口角を上げたミケーレは指を後ろにずらし、中につぷりと滑り込ませた。
「ひぁっ・・・・・・アッ・・・・・・んんっ・・・・・・はっ、ぁ。」
 久し振りのそこは何時もにも増して締め付けが強い。入口を左右に広げるように解しながら、根元まで入れた指先を曲げて内壁を刺激する。背をしならせるクルキスを片手で支え、胸の上で赤く尖る脹らみに吸い付いた。反応した内壁が、お返しとばかりに指に吸い付く。濡れた其処から水音がした。
「聞こえるか、クルキス?」
 指を増やし、わざと音を立てて掻き混ぜる。遠慮無く前立腺を刺激するが、持続しては与えない。
「・・・・・・あああっ・・・・・・・・・ん、はっ・・・・・・聞こ、えるぅ・・・・・・っ。」
「何の音だろうな?」
 軽く唇を合わせて聞くと、顔を真っ赤にして喘ぎながら困った様に見つめてくる。応えられる筈が無い。その反応がミケーレを楽しませている事の一つなのだと、クルキスは気付かない。
「ミケー、レ・・・・・・っ。」
「どうした?」
 ミケーレの指は休みなく動き、広げるという役割を果たしながらクルキスの背に快楽を走らせ、全身から力を奪う。だが雫を零す前には脚でしか触れず、まるで自慰をする様に腰を揺らすクルキスを眺めては煽るだけだ。それでもこの行為が甘いのは、愛情を映す青い瞳と、始終優しい声音の所為。荒々しい動きでも、決して傷付ける事はない。
 クルキスは硬く上を向いたミケーレの性器を両手で握り、柔らかく抜きながら重なった唇を舐めた。欲しい、と目で訴える。ミケーレの瞳が満足そうに細められた。
 別れ話の件は許しているが、クルキスには独占欲を持たせる必要があった。身も心も溺れ、もっと自分を求めて貰わなければ気がすまない。
「ふっ・・・・・・んうっ」
 指を引き抜き、下肢から脚を離してやると、クルキスは力無くミケーレに凭れかかった。抱き締めて軽くキスを送り、そのまま抱きかかえる様に浴槽まで歩く。少し冷めかけたぬるま湯に身を沈めると、クルキスを体の上にのせた。意図を知ったクルキスが躊躇いを見せる。
「自分でやれば痛くないだろう?」
 それは本心であり、水の力を借りた方が何かといいだろうと思った結果だが、勿論それだけでもない。自分の上で淫らに踊る恋人を楽しむのは、攻める側の特権だ。
「クルキス・・・・・・。」
 促す用に名を呼び、優しくクルキス自身に触れる。石鹸を絡ませた時以降触れていなかった其処は、大きな手の平に包まれた事を喜ぶ様にふるふると震えた。
「ミケーレ、ずるい・・・・・・。さっきまで・・・・・・触ってくれなかったくせに。」
「じゃあやめるか?」
 手を離そうとすると、クルキスは慌てて腕を引き止め、自分の咄嗟の行動に顔を赤らめた。
 甘い刺激に唇を噛み、クルキスは広げた脚をついて上体を起こした。後ろ手にミケーレを固定すると、ゆっくり中に埋めていく。幾ら指で解したとはいえ、やはりそれは太く、中に入り込んだ湯よりもはるかに熱かった。
「あアッ・・・・・・っく、・・・・・・ふっ、はぁ・・・・・・いっ・・・・・・!」
 挿れる側のミケーレに、その苦痛は分からない。だからこそ、なるべく力が抜けるよう、辛そうに眉を顰めるクルキスの中心を撫でる。閉じたり開いたりしながら時間を掛けて飲み込まれると、クルキスの体を自分に凭れさせ、背中を撫でながら落ち着くのを待った。気を抜いたら、熱く締め付けてくるその内壁を貪ってしまうだろう。理性を総動員させ、クルキスの頬や額にくちづける。
「大丈夫か?」
「んっ、どう、にか・・・・・・。」
 受け入れられる事を何時も不思議に感じてしまう質量が、確かにクルキスを押し広げ、隙間鳴く支配している。一呼吸し、クルキスはミケーレの肩に掴まって腰を上下に動かした。強い刺激にはならないが、上に乗って自ら動くという初めての行為を浮力が助ける。
「あんッ、あ、イッ・・・・・・んんぅっ! ・・・・・・ミケーレ、・・・・・・んっ、あ・・・・・・ごめ、んっ。」
「何がだ?」
 手伝うようにタイミングを合わせて突き上げながら尋ねると、懸命に腰を動かしながら、クルキスは潤んだ瞳で言った。
「・・・・・・はや、くっ、・・・・・・動けな・・・・・・あっ・・・・・・ケーレ、事、気持ち・・・・・・く、はっ、出来無いぃ・・・・・・っ。」
 ミケーレは、どうにか繋ぎとめていた理性が瞬時に消えたのを感じた。羞恥が残っていないわけでもないだろうに、自分を感じさせようと健気に動くクルキスが可愛くてたまらなかった。細い腰を抑え、下からの突き上げを容赦なく開始する。
「あっ、待っ、何で大きく・・・・・・あアッ! はぅっ・・・・・・イっ・・・・・・はぁんっ!」
 クルキスの一言に質量を増してしまった熱で、更に奥を目指す。掴んだ腰を前後に揺さぶり、半分以上を抜いては突き上げ、甘く貪欲に絡みついてくる欲を堪能する。イイ、と言って全身で悦ぶクルキスに満足しながら、肌に赤い痕を残してもっと高みを目指した。
 これで終わりにする気など毛頭無い。甘い罰は始まったばかりだ。


天ニ在リテハ 願ハクハ 比翼ノ鳥ト作リ
地ニ在リテハ 願ハクハ 連理ノ枝ト為ラン
太陽が幾度昇り 月が幾度満ち欠けようとも
どうか離れる事無く 引き裂かれる事無く
君と二人 絶える事無き同じ道を










END
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