視線
2
それから数日、勇孝は司をまともに見ることもできずいつも日課にしていた『一之瀬司の観察』を遂行する事ができなくなった。
気まずくてならなかったのだ。
あんなふうに逃げ出してどうして司を見ることができようか。
それでも自然と目が追ってしまい、視界に入ればすぐさまそらす、というのを何度も繰り返していた。
このままじゃいけないと思うのに、どうしたらいいのかわからない。
初めて見た時から惹かれた。
目が離せなかった。
姿を探して、見つければ鼓動が高鳴って。
・・・・・・これが恋だと思った。
それは今でも変わらない。
晒された体に衝撃を受けた。
同じ体の構造に驚いた。
それは当たり前のことなのに、それなのに。
でもそれは、けして嫌悪感から来るものではなかった。
なぜなら。
どくりと心臓が鳴る。
華奢な体。
白い肌。
真っ直ぐな瞳に打ち抜かれて息をつめた。
あの瞬間、確かに体が熱くなったのだから。
確かに、分かっていなかった。
同じ男である事。
それを目の当たりにして怖気ついたのはこちらだ。
このままじゃいけないと分かっているのに。
「はぁ〜あ」
大きくため息を着いて、勇孝は校舎の中庭に設置されているベンチに腰を掛けた。
「どうしたらいいんだ・・・」
きっと司は誤解している。
同性の体であることを嫌悪したのだと思っているのではないだろうか。
あの時、何も言う事ができなかった自分が恨めしい。
けして、そんなことはないのに。
「?」
ふいに視線を感じて、周囲をめぐらせるが特に見知った者はいなかった。
けれど、特別棟の二階にある図書室に色素の薄い髪の毛の人物を見つけて胸が高鳴る。
「・・・一之瀬」
遠目で見てもすぐに分かる。
慌てて視線をそらそうとしたが、思い直して改めて彼を見つめた。
遠くからなら、見ていても気がつかれないだろうか。
「少しぐらいなら、いいよな」
数日振りにまともに見る司は、やはり綺麗だった。
表情までは見えないけれど、その存在が。
「なにしてるんだろーなぁ?」
図書室にいるのだから、当然本を読むなり勉強をするなりしているのだろうけれど。
ぴくりとも動かぬ姿勢。
「?」
そうして見つめているうちに、違和感に気がつく。
「・・・動かなすぎじゃないのか?」
不自然さに首をかしげたところで、思いもよらない事態になった。
「!」
こちらには欠片も気がついていないと思っていた司が突然こちらを見たのだ。
目じりを吊り上げて、およそ無関心、無反応を貫き通す司にしては珍しいほどの感情の表れに驚いて目を見開く。
「見すぎだ、バカ!」
がらりと窓が開けられ、不機嫌を隠そうともしない形相のまま声を張り上げるとその場を立ち去ってしまった。
なにが起こったのか分からず、呆然とすでに司の姿のない図書室を見つめた。
なにが起こったのだろう。
あの司が感情もあらわに叫んだ。
誰に?
「俺?」
しかいないだろう。
司の視線はしっかりとこちらを見ていたのだから。
「どうして?」
どうしてもなにも、見すぎたから怒られたのだろうけれど。
自分の視線は遠く離れた司に気づかれてしまうほど強いものだったのか。
いや。いくらなんでもそれはないだろう。
「なぞだ・・・」
司の行動が分からない。
勇孝の視線など、他の者と同じように気がついていない振りをすればいいのに。
頭の中がごちゃごちゃする。
勇孝は一度考える事をやめようと目を閉じた。
手に触れて。
引き寄せて。
見詰め合って。
そこにある優しい微笑みに好きだと思う気持ちが募る。
分かっている。
これは夢だ。
現実の彼は、こんな風に微笑んではくれないから。
でも、けれど。
この熱い気持ちは夢じゃない。
夢じゃない。
そう思った。
ぱちりと目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
あの後、そう時間もたたないうちに帰宅したのだ。
勇孝は目覚めた姿勢のまま、ぼんやりと天井を見つめ続けた。
夢の中で見た司の微笑みは初めて目にした優しいものだった。
ずっと見つめ続けて、告白して。
その時初めて司とまともに話をしたのだということに今さら気がついた。
学校では無反応、無関心、無表情の綺麗なだけの司。
人形のようだといっている生徒もいる。
けれど勇孝の前ではいろんな顔を見せた。
けして愛想がいい訳ではなかった。それどころか態度はでかいし人を小ばかにしたように笑うし。
そんな性格の悪そうなところを見ても、司を同性と再確認しても、それでも胸の内の想いに変化はなかった。
それどころか確かに欲情した。
男である事を否定しようなんて思わない。
受け入れられないなんて、そんなこと考えられない。
自分はもうすでに、心の底から司に惚れ込んでいるのだから。
彼はただ、勇孝の想いが本当なのかどうなのかを試しただけなのだ。
顔にだまされて、本当の司を好きな訳ではないと悟らせる為に。
だまされてなんていない。
「そうだ。俺は一之瀬が好きだ」
気まずいだとかなんだとか、そんな事考えている暇なんてない。
本気だとわかって欲しいなら、本気で欲しいと思うならここで引いたらだめなのだ。
「よし。決めた」
むくりと体を起こすと、勇孝はにんまりと笑みを浮かべた。
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