篠宮君ちの家庭の事情1
−Brandished Candy−
短編
その日の予定は、兄・光輝の言葉で決定された。
もともと悩んでいた事だったし、その悩みが解消されたのは良い事だったのだけれど、嫌な予感が拭えないのはなぜなのだろう。
雅也は光輝のひどく機嫌のよさそうな笑顔を眺めながら背筋に冷や汗が流れ落ちるのを感じていた。
これは、どういう事なのだろうか。
雅也は早くも思考がぐるぐると回り始めていた。
ベッドに座った光輝の膝に腰をかけた雅也の、ゆるく腹の前で組まれた指。背後から髪に鼻先を埋め、光輝は髪に小さくキスを繰り返す。
つまり、混乱をきたす事柄とはこれらの事だった。
バレンタインデーのお返し、つまりホワイトデーのプレゼントに要求されたのは光輝の膝に乗ることだった。
ばくばくと波打つ鼓動は頬を紅潮させ、どうしたらいいのか分からない雅也はその胸に寄りかかりることができずに体が硬直していた。
今まで何度もキスはしたけれど、いつも不意打ちのように始まるので改めて座って抱きしめられて愛でられるというのは慣れない。
それになにより兄の顔が見えない状況で触れられるのは初めてのことだった。
ちゅっ。と、うなじに口付けられる。
生々しい感触にびくりと震える体。
「っ!」
また一つ、耳朶の後ろに口付けられてきつく瞼を閉じる。
熱い吐息と唇にくらくらとしそうだった。
「・・・雅也」
小さく囁かれ、わずかに顔を傾ければ光輝の唇が雅也のそれに重なる。
何度か唇をつままれ、これまでの癖で少しだけ同じように返せばとたんに接触は深くなり、舌を絡ませるものになった。
(あれ?)
少しして、なんだかいつもと様子が違う事に気がついた。
いつもはもっと優しく、こちらが慣れるまで辛抱強く触れてくるのに、なんだか今日は・・・。
(・・・は、激し・・・い・・・・・・?)
奥で縮こまる舌を強引にからめ取り、吸い上げるように撫ぜ、上顎をくすぐってはまたからめ取る。
「んっ。 ん・・・ぁっ」
無理な体勢もあって呼吸がままならい。
「も、やだ・・・」
角度を変えるために離れた瞬間に言えば、光輝はくすりと笑みを浮かべた。
「本当に?」
やめていいの?と問い掛ける声は低く、雅也の思考を蕩けさすには十分の効果を発揮する。
キスの余韻もあってぼんやりと熱の篭った瞳で見つめれば、光輝もまた瞳に熱を宿しているのが分かった。
少し顔を傾ければ触れる近さ。
雅也は濡れた光輝の唇と熱が篭る瞳から視線を外す事ができず、誘われるように口を開けば兄の顔が傾き、またも深く重なる口付け。
(なんだか、おかしいよ・・・俺)
いつもこれ以上は耐えられなくて強引にでも離れるし、光輝もまた無理強いはしないのに。
「!!」
ふいに足の付け根に手を置かれ心臓が飛び出るほど驚いた。
その手は太ももを撫で、腰を撫でると服の上から中心に触れた。
(なっ、ななっ!!)
今度こそ体を押しのけたがすぐに片腕で引き寄せられ離れる事ができなかった。
「う・・・っ」
さするように撫でる手は止まらず、雅也は先程以上にパニックに陥った。
「や、やだっ。ミツキ兄!」
「・・・大丈夫。怖くないよ」
だんだんと強くなる接触に耐え切れなくてその手を離そうともがくが光輝は離そうとしない。
「いやだっ」
身をよじり、逃れようとしてもその腕をほどく事ができない。
今更ながらに兄の力が自分よりも強い事を知り、初めてキスをされた時以上の恐怖を覚えた。
震え始める体。
それでもかまわず、光輝の手は止まらない。
「怖くない。雅也」
何度も言い聞かせながら耳元にキスを落とされても、彼の手がベルトにかかり、ファスナーを下ろしていくのを感じれば、心はさらに萎縮する。
それでも背筋を走る快感は如実に体に現れていた。
「いっ・・・あぁっ・・・ぅ」
直接手で触れられ、雅也の反応を返すところを見つければそこを攻められる。
「あぅっ・・・ああっ・・・ぁ・・・」
しなる背中。
それを支えるように腰を抱く左腕が服の中に忍び込む。胸の中心を引っかくように刺激されてさらに体がビクリと震えた。
他人に刺激された事のない体は敏感に反応し、同時にじわじわと胸中に広がる恐怖に思考がかき乱される。
恐怖心と快感の狭間で脳がパンクしそうだった。
「雅也・・・」
低い声音。
それすら『気持ちいい』に変換される事を初めて知った。
(も・・・やだっ)
だが、そんな驚きよりも今まで感じた事のない強烈な快感に自分が自分でなくなるようで嫌だった。
「はな・・・せぇっ!」
必死に飲まれないように声を上げれば、光輝はくすりと笑みを浮かべて雅也の耳元に唇を寄せる。
「だめだよ。これはお仕置きだから」
「え・・・?」
今、なんと言ったのだろうか。
上手く脳が働かない。
「お仕置き、だよ。雅也」
「な・・・なんでっ」
もう一度言われ、ようやく聞き取れた言葉に反論する。
光輝にお仕置きをされるような憶えはない筈だ。と考えたところで、ぎゅっと閉じていた目を見開いた。
(・・・まさかっ!)
「そう。俺がいるのにバレンタインデーにたくさんチョコレートを貰って来たからね。雅也には俺がいる事、きちんと分かってもらわないとね」
「あれはっ! うっ・・・ぅんあぁっ!」
言葉を紡ごうにも強く擦られ、思考が霧散する。
「・・・気持ちいいでしょう? そのまま身を任せておいで」
「あ・・・やっ・・・・ぁああぁっ!」
思考が白く弾け、慣れない強い刺激に耐え切れず欲を出し切ると、雅也はくたりと体の力が抜けた。
危うく床に倒れ込みそうになるのを支えると、荒く息をつく雅也に光輝はうっとりと笑みを浮かべる。
どうやら満足したらしい彼の表情はとても楽しそうだ。
「気持ちよかったでしょう?」
しゃあしゃあと訊ねる兄に、雅也は閉じていた瞼を開く。
最初からこうするつもりだったのか。いや、疑問系なんかじゃない。ホワイトデーのプレゼントを要求した時からずっとこうするつもりだったのだろう。
あの時の嫌な予感はこれだったのだ。
「・・・最悪だ・・・・・・」
低く搾り出すように言えば、光輝は少し残念そうに眉を下げた。
だが、そんな事に気に病んでやるものかっ。
呼吸が落ち着くにつれ、沸々と沸きあがる怒り。
(やだって言ったのに! お仕置きってなんだよ! そもそもチョコを貰ったのだって半分以上は不可抗力だし、それよりもミツキ兄を優先させたじゃないか!!)
それのどこに不満があるというのか。
(頭にきたっ!!!)
体の自由を取り戻し、がばりと体を起こす。
しかし、いざ反撃をと思った瞬間目に入ったのは汚れた手をティッシュで拭き取る兄の姿だった。
「う・・・あ・・・あ・・・・・・っ」
光輝の手を汚したのは自分なのだと脳が理解したとたん、羞恥で頬が赤くなるのと同時に耐え切れなくて急いで立ち上がる。乱れたままの自分の姿にさらに頬が熱くなった。
「雅也?」
慌てて身支度を整え、こちらの俊敏な動きに驚いているらしい光輝に目をやると雅也はそれこそ遠慮もなく足を振り上げた。
「ミツキ兄のばかぁっ! もう二度と話してなんてやるものかっ!!」
怒り心頭。
本気で怒った雅也はそれ以降本当に光輝と言葉を交わさず、光輝が謝りに来るまで家に寄り付く事もなかった。
それまで雅也がどこにいたのかというと、言わずもがな双子の家。
光輝と雅也が想いを交し合った当時、いちゃつく彼らを目にした時に彼らが危惧していた事が現実のものになったのだった。
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