篠宮君ちの家庭の事情2
−おまけ−
 辿る唇の熱に体が震える。
 服が肌蹴られ、あらわになった肌を大きな手のひらが優しく撫でた。

 そこかしこがおかしなぐらい敏感になって、些細な事にも体が反応をする。
「う・・・っ。・・・んっ」
 早くなる鼓動。荒くなる呼吸。きつく目を瞑ってやり過ごそうにも、生まれた興奮はおさまりそうも なかった。
 光輝もまた比例するように吐息が熱くなっていくのが素肌から直に伝わる。それすらも自身の興奮に繋がるのだからもうどうしようもできないのかもと雅也はぼんやりと思う。

「あぁっ」
 また一つ、強い刺激。
 軽く触れさせる程度の接触がねっとりと舌を這わせるものに変わり、胸の尖りを含まれて思わず声が漏れた。
 そんな所を口に含まれるとは思ってなかった雅也は驚いて光輝の体を押しのけようとするが、手に力 が入らずに弱々しく肩にすがるような形になってしまう。
「や・・・ぁ」
 舌の腹で先で自在に捏ねられて、指で弄られるのとはまた違った刺激に雅也は逃れたくて何度も身を 竦めさせた。
 嫌がっていると分かっているはずなのに、やめようとしない光輝を半ばうらみつつ、けれど決定的ではない快感をもっと確かなものにしたいと思う気持ちもあって戸惑う。
 実際、ようやくその刺激から開放されたときにはすでにそこは痛いぐらい芯を持っていて、逆に放ってお かれると物足りなさを感じさせるほどになっていた。
「う・・・」
 腰はすでに重く、反応しているのが分かっているだけに困り果てる。
 こんなことになっていると光輝が知れば、どんなことをされるかなんて容易に予想がついた。
 して欲しい、とは思えなかった。
 光輝に肌をさらすだけで背徳感に満ち、確実に快感を得ていることに恐怖を覚えている今、これ以上 は無理だと雅也はしきりに首を振った。

「み、ミツキ兄! も、もう無、理!」

 渾身の力を込めて肩を押す。
 その指が震えていることに気がついたのか、光輝はあっさりと雅也の肌から顔を上げた。
「・・・ご、ごめん」
 まっすぐに見つめられなくて視線をそらすが、光輝の熱を帯びた眼差しを感じて居心地が悪くなる。
 けれど光輝は気にした様子もなく、頬を優しくなでた。
「・・・雅也」
 艶を帯びた声。
 それだけで息苦しくなる気がするのは気のせいか。
「雅也。自分が今、どれだけいやらしい格好をしているか分かる?」
「え? ・・・っ」
 つっと、首筋を指が辿る。
「んっ!」
 鎖骨を通り越えて、胸の頂を掠めて。
「あ・・・やめ・・・・・・」
 ヘソの周りを撫でると、その指は腰骨付近のやわらかい肉を引っっかく。
「ぁあっ!」
 いつもならくすぐったいばかりのそこが、今は飛び跳ねんばかりに感じやすい場所へと変化している ことにも驚くと同時にあられもない自分の声に慌てて口元を両手で覆った。そして、そんな声を出させた兄をじとりと睨み付ける。
 しかし光輝は小さく笑っただけで、悪びれた様子もない。
「そんな目で俺をみて、そんな声で俺を誘って・・・」
 あっと思ったときには両手をつかまれて頭の両脇に押さえつけられ、そちらに気を取られている間に 唇が重なった。
「んっ・・・ぅ」
 最初から舌を絡めあう深い繋がりに翻弄される。
「! ミ、ツキ兄!」
 ふいに下半身が空気に触れ、脱がされたのだと気がついたときには光輝の唇は他の場所へと移ってい た。
「やっ! ああっ!」
 ねっとりと熱いものが雅也のものを包む。それが光輝の唇によるものだと知った瞬間に軽くパニックを起こしそうになった。
「な、なにして! ちょっ、ミツキ兄!!」
 強烈な快感に目の前に火花が散る。
「だめっ。・・・き、たない・・・からぁ」
 押しのけようとしても体が上手く動かない。
 煽るように舐められ吸われ弄られてもう思考が霧散して働いてくれない。
「も、だめ、だから! はなし・・・っ!」
 あっという間に追い詰められて、離れるように懇願しても光輝は離れてはくれなかった。
 それどころか促すように強く吸われて白く視界がはじける。
「あ、ぁああっ!」
 気がついたときには脱力感が雅也の体を覆っていた。














「まーさや」
 ぽんぽん。と頭から布団にかぶって出てこない塊をあやすように叩く光輝の声は苦笑を滲ませていた 。
「雅也、出ておいで」
 断固として出てやるものかと雅也は硬く目を瞑る。
 あの突然の口淫だけでも驚いたというのに、あろうことか雅也が吐き出したものを飲み込むという暴挙に出た光輝をまっすぐに見ることなど、雅也にはできなかった。
 耐え切れず出してしまったことへの罪悪感と羞恥心。それに、途中から下に両親がいることも忘れてずいぶん大きな声を出してしまっていた。もし気づかれていたらという恐怖心が胸の中を渦巻いてとてもじゃないが平常心でなんていられない。
 そうだというのにこの兄は逆に落ち着き払って笑みを浮かべるものだから怒りだってこみ上げてくるというもの。
「雅也、俺が悪かったから顔を出して?」
「・・・・・・・・・・」
「雅也が嫌がってたのに、強引にあんなことして悪かったよ。ごめん」
 ぽんぽん。と背を叩く一定のリズムが少しずつ心を穏やかにしていく。
「・・・違う」
「ん?」
「違わないけど、違う・・・」
 もごもごと布団の中でつむぐ言葉はさぞかし聞き取りづらいだろう。それでも雅也は続けた。
「強引に・・・された、のは嫌だったけど、それだけじゃなくて・・・」
「うん」
「おれ、ミツキ兄の、く・・・口の中に・・・・・・」
「ああ。でもそれは、俺がそうするように促したからだし、飲んだのも飲みたかったからだし、雅也は気にする事は一つもないよ?」
「き、気にしない訳ないだろ!」
 思わず布団から顔を出すと、どきりとするほど甘い笑顔を浮かべる光輝の顔があって言葉を飲み込んでしまう。
 そんな雅也を「やっと出てきた」とうれしそうに抱きしめて呟く光輝に、ついに呆れ果てて体の力を抜いた。
「ミツキ兄、馬鹿だよ」
「なぜ?」
「だって、あんなの飲まないだろ、普通」
「そうでもないよ。好きな人のものなら何でもほしがるのが人間だろう?」
「そうなの?」
「そうなの」
 くすりと笑われて、優しく頬擦りをされて、これでもかってくらい愛情を感じる。
「・・・ごめん、ミツキ兄」
「ん? かまわないって言っただろう」
 そうじゃなくて。と心の中で呟く。
 こんなにも求められているのが分かるのに、答えられない自分が申し訳ない気持ちになってくる。
 だからといって「はい、どうぞ」と渡してしまえるほど単純なものではなくて、本当にどうしたらいいのか雅也には分からなかった。
「・・・ごめん」
 もう一度呟いて、その肩口に額を擦り付ける。
 その行動で雅也の本当の謝罪の先を悟ったのか、光輝は小さく笑うとそっと背中を撫で始めた。
「・・・いいんだよ。本当に、気にする事はないよ。俺たちは俺たちの速度で進んでいけばいいんだから」
「ミツキ兄・・・」
「お互いの気持ちが同じなら、いつか心だけじゃなくて体も一つになれる時がくると思う。今回は、いや、今回も・・・俺が突っ走りすぎて雅也を怒らせてしまったけどね」
 苦笑こぼす声に、雅也もわずかに口元に笑みを浮かべる。
「少しずつでも歩み寄ってくれるだけで嬉しいから」
「・・・ありがとう、ミツキ兄」
「いや。俺のほうが、ありがとう、だな」
「え?」
「俺の事を一生懸命考えてくれただろう? 俺のした事を、結局は許してくれている」
 だから、俺のほうがありがとう。
 そう言って優しく微笑んだ光輝への気持ちが溢れそうになる。

 強引に体の関係を結ぼうと思えばできるくせに、雅也の事を思って絶対に最後の最後まで突き進まないのも、前回だって、今回だって自分だけ耐えたのも、それもこれもすべては雅也の心を優先しているからだ。
 結局は雅也の事を一番に考えてくれるのは光輝の方なのに。


 たまらない気持ちになって、雅也は自分から唇を寄せた。

(大好きだ)
 大きすぎて言葉にならなかった気持ちは果たして伝わったのか。




 満面の笑みを浮かべる光輝に、雅也もまた満面の笑みを浮かべたのだった。










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