Power Stone
セクレードの森の魔法使い
「はい」

 と、にこにこと満面の笑みを浮かべて差し出されたそれは、編みこまれた白い紐の先に薄桃色の石の付いた飾りだった。

「どうされたんですか、これ?」

 思わず受け取ってしまったものの、その処遇に困ってしまう。

 なにせ男が受け取るにはあまりにも可愛いそれは、どう考えてもウォルスや師匠であるカイリが持つべき物ではなかったからだ。

 だが、目の前にいる人はとても嬉しそうに受け取った自分を見つめていて、おそらく・・・いや確実にウォルスへの贈り物なのだろう。

 分かっていたのだがあえて尋ねてみることにした。

「何言っているの。お土産だよ」

「・・・誰にですか?」

「この家にお土産を渡す人は一人しかいないでしょう?」

「いや、先生のことだからこの森に住む動物たちへという可能性も・・・・・・」

「ウォルス君・・・・・・」

「いえ、冗談です。ありがとうございます」

 じろりと睨まれ、ウォルスはやはり自分への贈り物かと密かに溜息をついた。

 一体師匠は何を考えてこれを選んだのか。

 取り敢えずそれをポケットにしまって、カイリの研究室からキッチンへと向かった。

 退出した時、ちらりと窺ったカイリの姿。

 光の中にたたずみ、目を細め口元に笑みをしいてこちらに手を振る姿はやはり、綺麗だった。

 数年前、初めて目にした時と変わらぬ姿。

 もともと魔法への興味は人並み以上にあって、独学ではあるが勉強はしていた。いずれは名のある魔法使いに師事し、己を高めていこうと。

 だが、ウォルスは彼と出会ってしまった。

 変わり者と名高いカイリ・ヴァルナー。

 あの日、あの月夜の晩、星を散りばめた夜空を背景に光の魔法を使う姿は幻想的でとても美しく、それがウォルスの運命を大きく変えてしまったのである。


『彼の弟子になりたい』


 優しく微笑みながら、光の精霊と戯れるように魔法を操る人。

 一目見た瞬間の熱を忘れられなくて彼を探し続けた。そしてやっと見つけたその人は、日の光の中にあっても綺麗だった。

 彼の弟子になる為だけに何不自由なく暮らしていける貴族としての地位も、家族も、全て無くして、それでも後悔もせずにこれまでこられたのは一体何故なのか。彼自身にも分からない事だった。

「さて、と・・・」

 カイリにお茶を持っていく準備をし、再び研究室に赴く。

「先生、お茶をお持ちしました」

「あ、ありがとう」

 柔らかく微笑み、机から窓辺にあるソファに移動する姿を目で追って、早すぎず遅すぎず手元にティーカップを差し出した。

「そういえば、さっきあげた石だけど」

「はい?」

「あれ、ローズクォーツって言うんだって」

「ローズクォーツ・・・って」

 まさか。と、ウォルスは眉を顰めた。

「そう、恋の石」

 そんな彼を楽しそうに眺めてカイリは笑った。

「なんでまたそんなものを俺に渡そうと思ったんですか・・・・・・」

 呆れて思わずうなだれる。

「こんな森の中にいたんじゃ、めったに女の子と出会う機会がないだろう? 年頃なんだから街に出た時に出会いがあるといいなぁとね、親心です」

「そんな親心はいりません」

「心配しているんだよ、僕は」

「そんな心配をする余裕があるなら、しっかりと人間らしい生活をしてくださるほうがよっぽど俺の為になりますから」

 きっぱりと言い切ると、カイリはぐっと言葉に詰まって静かに紅茶を口に含んだ。

「まぁでも、あなたが一生懸命選んだものですから、大切にします」

「・・・・・・うん」

 真正面から顔を見ながら言うには少し恥ずかしくて、ウォルスは片づけをするふりをして彼に背中を向けた。

 その背後から聞こえてくる返事はどこか嬉しそうで、ウォルスはますます居たたまれない気持ちになってしまう。

「あ、そうそう。僕もね、同じ石を持っているんだよ」

 ほら、と懐から取り出したウォルスと同じ薄桃色の石。

 恋の石とされるそれを持ちながらこちらを見上げる姿を見て、胸の中を一瞬何かがよぎった気がした。

「先生も、その・・・したいんですか?」

 いつも研究一筋で、他の事にまったく興味を示さない彼が、本当は恋をしたいと思っているのだろうか。

「ん? 恋?」

「え、ええ・・・」

 一瞬の緊張感。

 カイリはキョトンとこちらを見上げていたが、やがて嬉しそうに表情を緩めた。

「思ってないよ」

 くすりと微笑まれ、ウォルスは一気に気が抜けてしまった。だが、胸に去来する安堵感に気が付いて眉を顰める。

「じゃあ、なんで持っているんですか?」

「お店のお姉さんがね、一つじゃ意味がないからって」

「はぁ」

「もともと二つで一つなんだって、これ」

 それってもしや・・・。と、思わず頭を抱えてもそれはしょうがない事だろう。

「それはそうとさ、さっきちょっとやきもち焼いてくれた?」

「は?」

「僕も恋の石を持っているって言った時、少し不機嫌だったじゃない。もしかして、誰かに取られるー・・・とか、思ってくれたの?」

「な、何言っているんですか! そんな訳ないでしょう!」

「えー、寂しいなぁ。やっぱり親代わりとしてはさ、こう、子供にね、焼きもちを焼いて欲しいわけですよ」

「寝言は寝てから言ってください」

 もう、付き合ってられんと戸口に向かう。

「ウォルス君ー」

 追いすがるように呼ばれるが、ウォルスは振り返らずに部屋を後にしようと扉を開けた。

「おかしいなぁ。同じ石を持つ二人は心の距離が縮まるわよって言っていたのに・・・」

 閉める瞬間、聞こえてきた呟きに再び頭を抱える。

 もともと一対の恋の石。それは恋を叶えたい者が持つべき物なのに、どうして親子のような師弟関係の自分たちに効果を期待するのか。

「あの人は頭がいいくせに、なんで変なところで抜けているんだろう・・・・・・」

 ふと触れたポケット。

 中から貰った石を取り出して己の視線へと持ち上げる。

「恋の・・・石、ねぇ・・・・・・」

 溜息をついて、再びそれをしまい込むとウォルスは今度こそきびきびと歩き出した。

 お互いに持つ一対の恋の石。

 その処遇を後で決めようと今考える事を放棄した彼は、やがて日々の忙しさの中で石の存在を忘れてしまうのであった。










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