Wish
セクレードの森の魔法使い
 俺たちが住んでいるマリスカ国は、別名『魔法王国』と言われるほど魔法使いを多く輩出している。中でも俺の師、カイリ・ヴァルナーは天才魔法使いとして国中に知られていた。

 天才と言われる由来は、魔力の強さもさることながら、魔術発動時に詠唱を必要としない所から来ているらしい。

 魔法を使うという事はこの世界に存在する精霊たちと契約し、力を借りる作業の事だ。そして、その力を借りるために詠唱という手段が必要なのだ。

 精霊たちはこの世界を構成する存在で、その姿は人間には見ることができない。稀にその存在を感じ取ることができる者がいても姿を見ることができる者はいない。それが、常識だった。だが、先生は精霊たちの姿を見、話すことができる。

 精霊たちも先生に好意を持っているようで、所謂友達、なのだそうだ。だから、詠唱はいらない。契約などする必要がないからその証はない。言葉一つ『お願い』すればそれは力となる。それができる魔法使いは国内外探しても先生以外にはいなかった。

 当然国としてはその稀有なる存在を放っておくことなどできず、先生は強制的に国属の魔法使いとされ、自由にはばたく為の翼を?がれた。それを俺が知ったのは弟子になって一年後の事だった。

 辛くないのかと問いかければ先生は微笑んで俺の頭を撫でた。

 「国内なら自由に動けるんだ。大丈夫。どこにいても僕は僕だよ」

 その哀しい微笑が忘れられない。



 マリスカ国は自然界の強大な力を操る魔法の力ゆえに他国に狙われることも多く、大小の諍いが絶えないことでも有名だ。それでも兵士としての魔法使いの養育の徹底、力の弱い者たちのための強力なマジックアイテムの開発を率先して行っていた。

 先生は、主に日常生活において必要になるマジックアイテムを造り、日々の暮らしに役立つ魔法の研究に埋もれながら生活していたが、国属ということは時に兵器となるマジックアイテムを作らなければならないこともある。先生自身が兵士としてその戦場に立たねばならないこともある。

 清純なる存在である精霊たちをそのような事に使うことや、同じ人間を傷つける行為に心を痛めていないはずもなく、それでも微笑むのだ。あの人は。「大丈夫だ」と言いながら。

 俺は未熟だ。先生を助けるには力が足りない。

 先生に師事してもう5年がたつが、もともと魔法の勉強を始めたのが遅かったためにその上達も遅い。

 はやく一人前になりたいのにうまく魔力を扱うことが出来ずに失敗ばかりだった。今では何とか人並みに扱えるようになってきたが、まだまだ先生の足元には遠く及ばない。だからせめて、日常生活だけは何不自由のないように心がける。

 ただ、俺がここまで先生を気に掛けている事だけは気がつかれたくなかった。

 なぜならばそれは、悔しいからに他ならない。

 魔法では敵わないのだ。せめて先生の苦手なものを得意にしたかった。

 そうして出来るだけあの人の心労を取り除いて少しでも多く哀しい笑顔をなくすように。心からの笑顔が俺は見たいから。

 言葉にはできないけれど、俺には唯一の人だから。






 (どうか、貴方が心からの笑顔を浮かべることができますように・・・)






 それが、何年たっても変わらない俺のたった一つの願いなのだ。










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