Weather in autumn
セクレードの森の魔法使い
はらり、はらり。踊るように舞い落ちる茶色の葉。
夏には隙間なく生い茂っていた葉も、秋が深まるにつれその色を変えていった。
庭の一番奥にある一番大きな木の根元に座り込み、カイリは魔術書を読みふけっていたのだが、視界の片隅に映る落ち葉にしだいに視線を奪われていった。
「先生」
かさりと踏み分ける音がして、けれどその声の主は自分の良く知っている人物なのは分かりきっていることなので反応らしい反応を見せずに静かに瞼を閉じた。
「先生、こんなところで寝たら風邪を引きますよ」
「うん」
「うん、じゃないですよ……」
重ねて言うウォルスに頷くものの、彼は微動せずに静かに森の気配に身を沈める。
木々のざわめき、冬支度を始める動物たちの鳴き声。心静かで穏やかな午後。
「ねぇ、ウォルス君」
「はい? 何ですか」
ため息交じりの声音に諦めの色を感じ取ってカイリは笑みを浮かべた。
「秋といえば何を思い浮かべる?」
自分の隣をぽんぽんと叩いて座ることを促す。ウォルスはわずかの逡巡の後に静かに腰を下ろした。
「秋、ですか……?」
「そう」
頷いて隣を見上げれば、思案げに視線を彷徨わせてついには空を見上げる青年。
小さく、本当に小さく笑みをこぼした。いつも口が達者で生意気なことばかりを言う青年の本性はとても素直で正直であることを知っている。口うるさいのも全て自分を心配しての事であるし、憎まれ口は単純に恥ずかしがり屋なだけで。
今日は珍しく大人しいのはこの陽気のおかげなのかも知れない。
「う〜ん。……読書の秋ですか」
「他には?」
「芸術」
「他は?」
「食欲」
「後は?」
「スポーツ」
「うん」
「…空が高い」
「うん」
「空気が澄んでいる」
「うん」
「落ち葉」
「うん」
「どんぐり」
「うん」
「まつぼっくり」
「うん」
「実り?」
「うん」
「雲……」
「うん」
「……黄色、茶色、赤」
「うん」
「………………」
「後は?」
「……後は………」
そう言って口ごもる。どうやら打ち止めのようだ。
悔しそうに口元をゆがめているのを見てかわいいなぁなんてぼんやりと思う。
「君はきれいなものをイメージするんだね」
「ありきたりなことばかりしか思い浮かんでないですけど」
そう拗ねる姿にいつもの大人びた雰囲気はなく、年相応を思わせた。本当に今日はどうしたのだろうか。
「そうだね。でもそれだけ出て来たんだ。すばらしいことだと思うよ」
「………先生は、何を思い浮かべるんですか?」
「僕?」
う〜ん、と唸って先程のウォルスのように考えながら空を見上げた。
「お芋。きのこ。焚き火。乾いた風。動物たちの求愛の鳴き声。乾燥肌。静電気……」
「なんですか、それ……」
次々と上げていく思い浮かんだものをあきれたように笑いながらこちらをみるウォルスに、同じように笑い返してから再び空を見上げた。
「後は…そうだな、哀愁……かな」
「………………」
「………?」
てっきり「なに言っているんですか」とでも返してくるかと思えば、彼は静かにこちらを見ただけで、無言で立ち上がった。
あれ?と思ったときには少年は歩き出していて、カイリは首を傾げた。
「なにかまずい事言ったかな?」
考えるが、先程の彼の顔は怒っているとか、クサい事を言ったから引いたとかそういう表情ではなかった。
クールでスマートに見せたいお年頃な彼だが、あそこまで無表情は見たことがない。ただ唯一感情を表していた瞳からは何を思ったのか感じ取ることができなくて首を傾げることしかできなかった。
とりあえず後で謝ってみるかなぁと思っていると、かさりかさりと落ち葉を踏む音が聞こえて顔を上げた。
「ウォルス君……」
少し不機嫌そうに眉を寄せて片腕に衣類を引っ掛けて両手でトレイを持って歩いてくる。先程と違ってオプション付きの姿に呆然としていると、あっという間にこちらに来た彼はばさりと厚手の上着を放った。
慌ててキャッチして無言の訴えに逆らえずそれを羽織ると、続いてずいと湯気の上がるカップを突きつけられて思わず受け取ってしまった。
「ウォルス君?」
どかりと再び隣に座り込むと、二人の間にトレイを置いてもう一つあったカップを手に取った。
こちらを見ることもなく静かにカップに口を付ける姿を眺めて、やがてカイリも手渡されたそれを含めば、それは優しい蜂蜜とレモンの味がして。
くすり。
やさしい気持ちが胸に広がる。微笑まずには居られなかった。
「…………ありがとね、ウォルス君」
「……………」
やはり彼は何も言わない。
けれども、それでいいと思う。
この隣で不機嫌そうに口を噤む青年はどうやら秋の陽気がもたらしたこちらの複雑な心境を察知していたようだ。この秋のもの悲しさがカイリに及ばした影響に。だからこそ、いつもなら口うるさく説教や生意気な口をきくことを潜めて、ただ静かに傍に居てくれたのだと。そして、やさしい彼は思わずこぼれた本音に物理的にも精神的にも暖めようとしてくれたのだと。
本当に、いい子だ。
少しだけ目頭が熱くなってしまったのは秘密にしよう。
それは師匠としての小さなプライドだったけれど、たとえウォルスがそのことに気が付いたとしても、彼はきっと見ない振りをしてくれるんだろうなと確信していた。
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