葉佩城物語1
九龍妖魔學園紀パラレル 皆守×主
 戦乱の世と言う程でもないが、太平の世とは言えない時代、一人の若き青年が一国一城の主の座に納まった。「この手は宝を掴む為に!」と叫んである日突然旅立ってしまった放蕩城主の置き土産、その名を葉佩九龍。まだ一ヶ月経っていないにも関わらず、あの親父にしてこの子在りと言われる破天荒な青年である。身分差が絶対であるこの時代に於いて、彼は誰とでも気さくに話す。曲がりなりにも主だと言うのに、大事な軍議で寝る。空が綺麗だと言って屋根に上る。お腹が空いたと言って台所の食べ物を自室に隠す。新アイテム開発だと言って部屋の一部を焦がした事も記憶に新しい。正室もいない城主の隠し子と聞いてその真偽を計り兼ねていた家臣達も、前主そっくりの彼の言動に、溜息と共にそれを認めつつあった。

 秋の気配迫る城下町、久し振りの休暇を楽しもうと、皆守は懇意にしているスパイス店を訪れた。
「いらっしゃいでしゅ。」
 店に入ると、平和そうな声が皆守を迎えた。巨体だが愛らしい顔と声、基本的に笑顔を絶やさない美食家店主の肥後大蔵は、皆守がスパイスに傾ける情熱とその熱い語りを唯一理解する男である。
「頼んでたの、届いてるか。」
 挨拶も無く無愛想に尋ねる皆守に、大蔵は嫌な顔一つせず、背後の棚から小袋を取り出した。大蔵が持つとより一層小さな袋に見える。
「南国でゲットした例のスパイスでしゅ。これで皆守将軍のカレーが一段と美味しくなりましゅよ!」
 嬉しそうな大蔵に笑みを返し、礼を言って皆守はそれを受け取った。この為に大蔵がわざわざ店を閉めて南に旅立った事を知っている。大蔵は、食に関しては実に熱い男なのだ。
「へ〜、皆守がカレーマニアって本当だったのか。」
 突然聞こえた声に振り返ると、店の戸口に九龍が立っていた。こんちわ、と大蔵に軽く挨拶をしている姿は、初対面とは思えない。
「何で此処にッ?」
「また来てくれたんでしゅね〜。」
 問いの後に続いて九龍に向けられた大蔵の言葉に、皆守は溜息をついた。
「放蕩癖まで受け継いでるって本当だったんですね、と――」
「うわッ!」
 九龍は慌てて、殿、と言い掛けた皆守の口を抑えた。
「どうしたんでしゅか? 九しゃん。」
「ん、どうもない、どうもない。」
 不思議そうに見つめる大蔵に笑って首を振り、九龍はそっと皆守に耳打ちした。
「外では俺、皆のアイドル九ちゃんだから。タメ語で宜しく。」
 驚きと呆れを全面に出した表情で九龍を見つめた皆守は、大蔵からあれこれ買い付ける城主の姿に深々と溜息をついた。何処で用意したのか、城仕えの者が平服として着る着物を着ている。およそ城主が持つ物ではない。恐らく誰かのを拝借したのだろう。
「皆守はもう買ったの?」
「ああ、まだ……。」
 くるりと振り返った九龍の言葉に我に返った皆守は、今回初めて入手した貴重なスパイスとその他補充分の金額を大蔵に払った。また来て下さいでしゅ、という言葉を背中越しに聞いて店を出ながら、皆守は再び溜息をつく。折角羽を伸ばしに来たのに、こんな所で城主を見付けては、即刻連れて帰らないわけにはいかない。またね、と笑顔で大蔵に手を降る九龍の首根っこを掴んで引き擦りたいのを堪え、その腕を強く掴むと城に向かって歩き出した。
「帰りますよ、殿。」
「あっ、それ禁句だって!」
「そう思うなら、初めから禁句にならない恰好と状態で城下においで下さい。」
 言葉こそ丁寧だが声は不機嫌さを丸出しに、皆守は早足に歩く。自分と歳の変わらない子供を早く執務室に投げ入れて、残りの時間はせめてカレー作りに費やしたかった。
「他に寄る所あったんじゃないのか?」
「つい先程無くなりました。」
 その意味を理解した九龍は、しかし悪びれた様子も無く笑う。
「別にいいよ、俺付き合うから。久し振りの休みなんだし、行きたい所は行っておこうよ。」
 その瞬間、皆守の元より厚くもない何かが、ブツッと切れた音がした。
「誰の所為だと思ってんだ! お前のオヤジもそうだったがな、お前も少しは立場ってもんを考えろ! だから俺等の休みが無くなるんだよッ。」
「……………。」
 息も荒く怒鳴った皆守は、呆然と自分を見る九龍にハッとした。行動はどうあれ、相手は城主。立場を弁えなければいけないのは自分の方だ。掴んでいた腕を離した皆守は視線を彷徨わせ、とにかく頭を下げて詫びの言葉を口にしようとした。その時。
「うん、そんな口調がいい。」
 へら、と笑って九龍が言った。
「怒ってない方がいいけど、城の外では、そんな感じがいいな。」
 毒気を抜かれて何も言えない皆守の腕を掴み、九龍は足早に歩き出した。
「どうせ一人で帰るって言っても信用無いでしょ。早く帰ろう。」
 九龍を引き摺るように歩いていた筈が、今は九龍に引き摺られるように歩いている。軍議で何度か顔を合わせただけで、奇行は耳にしていたが、城主らしくない城主を目の当たりにしたのは初めてだった。戸惑いながら半歩後ろを歩く皆守に、九龍の顔は見えない。
 やがて城に着くと、文官達が必死に九龍を探していた。着替えてから発見されたい、と言う九龍の言葉に、確かに他の者がこの姿を見てはショックが増すだろうと同意した皆守は、半泣き状態の文官五葉が廊下を通り過ぎるのを待った。
「後は部屋に戻るだけだから、もういいよ。」
 肩を並べてしゃがんだ庭木の陰で、九龍は笑って言った。
「そうですか。では、これで。」
「うん。……折角の休暇、潰してゴメンね。」
 笑顔はその侭に、けれど何処か悲しげな瞳で言うと、九龍はあっと言う間に飛び出して行った。
 驚いて言葉も無く見送った皆守は、暫くして漸く立ち上がると、自宅に戻った。だが最後に見た九龍の瞳が頭から離れず、結局その日、九龍の事ばかり考えていた。










プラウザを閉じてお戻り下さい。
Next