葉佩城物語3
九龍妖魔學園紀パラレル 皆守×主
 城下で最も人気の高い甘味処、まみいず。時には外に行列が出来る程の老舗で、誰もが再び訪れずにはいられないその味は、葉佩家御用達でもある。
「いらっしゃいませ、まみいずへようこそ!」
 暖簾を潜ると、明るい声が客を迎えた。少しオトボケだが明るい看板娘奈々子は、相変わらず無気力にやってきた皆守とその連れににっこりと笑い掛けた。
「今日も何時ものアレですか〜?」
 何時ものアレとは、先代城主が好んでよく皆守に買いに来させていた特別品の菓子である。
「いや、今日は食いに来た。」
「え、ええええぇッ!」
 オーバーリアクションと共に店中に響いた叫びに、皆守は心持ち顔を逸らして眉を顰めた。
「何度もこの店に通いながら『ふんっ、甘いものは嫌いだ』とか言う皆守将軍が! 誰もが笑顔でいられるこの店で『何で俺がこんな事......』とか言って溜息ついちゃう皆守将軍が! 『いや、今日は食いに来た』って、ええ!?」
「あははは、甲太郎そっくり!」
 皆守の後ろで笑うもう一人に、奈々子は片足で立って驚くリアクションを解くと意味ありげにお盆で口元を隠した。
「奈々子分かっちゃいました。皆守将軍、九ちゃんさんとの初めての友情デートなんですね! そこでまみいずを選ぶとはお目が高い! 奈々子はりきって応援しますよ! さぁ席はこちらです!」
「おいちょっと待て、何だその友情――――」
 口を開いた皆守を置いて、やけに意気込んだ奈々子が奥の席を案内するべく歩き出す。九龍も楽しそうに直ぐ後に続き、取り残されかけた皆守を振り返ると笑顔で急かした。
「遅いぞー。置いてくぞー。」
 体の隅々から浮かれたオーラを放つ主に皆守は一つ溜息をつき、黙って後に続いた。
「俺は苺大福と、三色団子と、みたらしと、あとはー......どれにしようか?」
「増やすな。寧ろ減らせ、食い過ぎだ。よくそんな甘い物ばっかり食べられるな。」
「よく言うじゃん、甘味は別腹ってね。」
「女かお前は。」
「よぅし、決めた! 奈々子ちゃーん!」
「......聞いちゃいねえ。」
 ニマニマ笑いながらもステップを踏む様に飛んできた奈々子に手早く注文し、九龍は相変わらず浮かれたオーラを出しながら皆守を見つめた。
「何だ?」
「甲太郎が何時も買いに来てたのって、苺大福?」
「ああ。よく知ってるな。」
「父さんがさ、割とこまめに俺達に会いに来てくれたんだけど、手土産は何時も此処の苺大福だったんだ。」
 それを聞いた皆守は眉間に皺を寄せた。すると何か。城主の逢引の度に自分は此処へ使いに出されていたわけか。甘党じゃない筈なのに、前の城主があんなにも嬉しそうに受け取っていたのは......。
「苺大福好きなのか?」
「うん。母さんも俺も。」
 確かにこの笑顔を想像すれば、親馬鹿でなくても買って会いに行きたくなるだろう。不満を口にする気も失せて、皆守は僅かに口元を緩ませた。
「お待たせしました〜。」
 程なくして九龍が頼んだ品々が所狭しと並べられる。その中で一際大きい饅頭の様な物を、九龍は蒸篭ごと皆守に勧めた。
「これ、異国から取り寄せた物をアレンジして作って貰ったんだ。甘くないから食べて。」
 黄色掛かった皮からはホクホクと湯気が立っている。初めて見るその物体に僅かなスパイスの香りを感じ、皆守はそれを手に取ると顔を近付けた。柔らかく熱いそれから香るスパイスは、間違いなくカレーに使われるものだ。悪戯が成功するのを待ち侘びるかの様な九龍の視線を感じながら、皆守はそれを齧った。口に広がる、やや甘めのカレーの具。
「どう? どう?」
 前に乗り出してくる九龍の額を手で制し、味わって半分程食べてから皆守はおもむろに口を開いた。
「悪くは無いが、何かが足りない。スパイスの調合率の問題だな。煮込み時間も不十分で旨味が活かされてない。だから基本的な香辛料の味も薄い。」
「成る程!!」
 感心したように九龍は頷き、皆守の手を取ると、食べかけのそれに大きく噛り付いた。
「おいッ。」
「んー、あひかに、こほもうえお――――」
「......食ってから喋れ。」
「あい。」
 もごもごと口を動かした九龍は、飲み込むと茶を啜りながら言い直した。
「確かに、子供向けの甘さだね。これ、まだ試作段階で店に並んでないんだ。良かったら後で厨房に行って、調理人と話してみてよ。中に餡子入ったヤツはあんまんって言って上手く出来たんだけどね、カレーまんは甲太郎の好みに全面協力してくれるよ。」
 あと肉まんって言うのもあるんだ、と言いながら、九龍は目の前に並んだ大福や団子類に手を伸ばした。甘そうなものを横目に、皆守は手に残ったカレーまんを食べる。頭の中はカレーまんの具のレシピの事でいっぱいなのか、何時に無く考え深げだ。そして一つ食べ終わると立ち上がった。
「今行って来る。」
「行ってらっしゃい。」
 予想していたのか、九龍は笑って手を振り、何やら闘志を燃やす皆守を見送った。そして残りのカレーまんと甘味に手を伸ばした。
 結局その日、皆守が店を出る事は無かった。










プラウザを閉じてお戻り下さい。
Back