比翼の鳥
Episode.4
 夜明け前の森の中、正規軍は密かに国境へと向かっていた。赤い鎧をマントで覆ったロンベルクの隣には、胸当程度しか着けていないクルキス。昨夜、日付も変わる頃に得た情報により作戦が一部変更され、クルキスも戦場まで同行する事になったのだ。その計画はクルキスに大きな危険が及ぶものだったが、成功すれば両国の犠牲は最小限に抑えられる。王と共に作戦会議の場にいたロンベルクも周囲同様一度は反対したが、クルキスの決意を感じ取り、心配げに眉を寄せながら静かに頷いた。
 国境までは、休まず行っても一日半は掛かる。歩兵がいる事を思えば、クルキスは馬上なだけましだった。賢者が同行する事で、軍の士気も高まっている。
 遠くに見えてきた正規軍キャンプの炎に、クルキスは視線を落とした。どんな顔をしてミケーレに会えば良いのか分からなかった。

 アウリーガェとゼルディアの同盟国の娯楽一座が、アウリーガェの王の前で芸を披露する事になっているという連絡が来た。それが予定通り行われるのだが、その時何か出来る事は無いかと、同盟国に嫁いだレオニスの姉が申し出てきたのだ。クルキスはその中に紛れて城内に侵入する事を志願した。同盟国の九割を占めるカペラ族に身を変える事は前提の話である。クルキスが考えた作戦は火薬の他に幾つかの薬品や粉を使う。最初は反対したレオニスも、必要な知識を持ったクルキスの熱意に渋々折れた。アウリーガェも決して弱くは無い。勝算はあるが、まともに戦えば何ヶ月も掛かり、流れる血も多い。一つの国を落とすと言うのは、そんなに簡単な事ではないのだ。幼い頃から志を同じにしてきた者同士だからこそ、レオニスは眉を顰めながらもクルキスに作戦を任せた。
 だから生きて帰らなければならない。そこに結婚という辛い現実が待っていたとしても、王の隣で果たすべき信念は貫かなければならない。
テントの傍で月の見えない夜空を見上げ、首を鳴らすように左右に振った。帰ってからの事など、今は考えたくもない。副将軍テントの中、驚いた顔を直ぐに厳しい表情に変えて敬礼をしたミケーレの姿が脳裏に浮かぶ。直ぐに幹部が集まり、作戦が伝えられた。クルキスが単身乗り込むと言う話には皆驚愕し戸惑ったが、決定事項には逆らえない。その時のミケーレの顔を、クルキスは見る事が出来無かった。何も関心が無い顔をされていたらと思うと怖かった。
 全ての伝達を終えたクルキスは、近くの川辺にいた。上半身だけ簡単に衣服を脱いで膝をつき、なるべく顔に流れないように用意していた薬剤を髪につけていく。カペラ族同様、くるくると小さく回転する黒髪にする為だ。強い薬品に頭皮がヒリヒリしたが、手は抜けない。手間を省いて黒の染め粉も入れてある。髪が焦げる様な異臭には辟易するが、数時間置けば髪はカペラ族と同じになるだろう。朝になったら全身に塗料を塗り、肌を濃い褐色にすればいい。幸い瞳の色はカペラ族にもみられる色で、盲を演じる必要は無かった。
 全ては、明日。失敗は出来無い。

 そして翌日、早朝。日も出ないうちに目を覚ましたクルキスは、疲れの取れない体に塗料を塗っていた。緊張からか、脳だけはしっかり目覚めている。塗料を塗り終わる頃には体も起きるだろう。
 その時、突然テントの布が持ち上げられ、ミケーレが入ってきた。出入り口に背中を向けた裸体のまま驚きに固まるクルキスの隣にしゃがみ、塗料の入った壷に手を伸ばす。
「手伝おう。」
 眉間に皺を寄せたままそう言って立ち上がり、クルキスの背中に塗料を塗り始めた。ぬるりとした褐色の塗料が、クルキスの白い肌を染めていく。甘さなど欠片も無い表情だがミケーレの手つきは丁寧で、久し振りのその感触に、クルキスの体が戦慄いた。自分から手放してしまった、優しくて大きな手。何故此処に来てくれたのだろう。
「ミケーレ・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
 呼びかけるが返事は無い。振り切るようにクルキスは、腕や胸の色を変えていった。カペラ族の衣装は露出部が割と多い。特に露出の激しい舞子をするわけではないが、何があるか分からない。全身に塗る方が安全だ。
 それを知る手の平は肩から背中へ、脇腹をなぞりながら腰へと、滑らかに滑り落ちる。柔らかそうに見えて実は意外と引き締まっている臀部に触れられ、クルキスはピクリと肩を揺らした。幾度も曝けた事があるとは言え、やはり恥ずかしい。唇を噛んで耐えながら台に片足を乗せ、太腿に塗料を広げた。
 一緒に過ごせる時間は何時も短かった。ミケーレはそれ程雄弁でもない。だが、不安になった事もさせた事も無い。瞳で、唇で、指先で。そして時には、互いを欲する熱い体で。常に想いを伝え合ってきたのだ。あの甘さを過去にしてしまった今でさえ、ミケーレに触れられている喜びに心が震える。
 鼻の奥が痛み、クルキスは平静を装って、もう片足を塗り終えたミケーレに告げた。
「もういいよ。後は顔と、足の裏だけだから・・・・・・自分で出来る。有難う。」
 するとミケーレは、塗料たっぷりの手でクルキスの顎を捉え、そのフェイスラインをなぞり上げてから親指で頬を色付けた。
「ミ・・・・・・。」
「黙っていろ。」
 優しく撫でるように、顔に塗料が塗られていく。顎、鼻、頬から耳朶、そしてその形を確かめるように指が柔らかな凹凸を這う。擽るように耳の裏を撫でる指先は、ミケーレが反対側の耳にキスをくれる時によくしていた動き。視線を上げると、悲しみの色を浮かべた青い瞳と目が合い、心臓が締め付けられた。誠実な心を傷付けてしまった痛み。見ていられずに目を閉じると、冷たい感触と共に指先がそっと瞼に触れた。何処までも丁寧に扱ってくれるミケーレに、想いが溢れてしまいそうになるのをぐっと堪える。
 髪の生え際まで塗料を塗ったミケーレの指が離れ、ゆっくり座らされた。戦場で塗る事を考えて作ってある為、乾きは早い。伸ばした脚を台に乗せられ、足の裏も手早く塗られた。瞼の塗料が乾くまで目を開けられないクルキスは、近付いた気配が下肢に布を掛けた事で全裸だった事を思い出し、一気に恥ずかしくなった。
「クルキス。」
 名を呼ばれ、声のする方に顔を向ける。願いを込めるような、少し余裕の無い声音。
「無事を祈る。」
 一瞬、柔らかなものが唇に触れた。事実を認識出来無いまま、それはミケーレの気配と共に遠ざかる。
「ミケーレ?」
 唇に馴染んだ熱を理解し、思わず目を開く。入り口の布を持ち上げたミケーレは、無言で出て行った。


 夜明け前に国境近くで合流した一座は、命を危険に晒す行為にも関わらずクルキスへの協力を惜しまなかった。芸の内容を把握し、火薬を撒く位置などの細かい指示を出し、打ち合わせが終わる頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
 賢者の称号は伊達ではない。クルキスはカペラ族の言葉のなまりから、芸で使う楽器の演奏、その民族音楽に至るまで全てをマスターしていた。後頭部で髪を一つに縛りバンダナを巻いた頭から、衣装に身を包んだ爪先まで、見た目も完璧なカペラ族に変身している。
 通行許可証を持った一座は、難なくアウリーガェに入る事が出来た。城下町を抜け、城門に辿り着く。城下で目にした人々が覇気に欠けていたのは、恐らくは戦に怯えているからだろう。王が代替わりしてからというもの、この国の貿易率は伸び悩んでいる。敵国の住人であっても、一般人を巻き込む事はしたくない。やり遂げなければならないのだと決意を新たに、クルキスは一座の後について城内に踏み込んだ。
 危険な事は分かっている。だが、ミケーレが戦場に出る度、心配でたまらなかった。どうか無事にと、毎日祈った。待っているだけの自分が嫌でたまらなかった。この手で少しでも彼の危険を減らす事が出来るのなら、薬品に触れた肌の痛みなど、取るに足らない。
 国の為、民の為。それは決して嘘ではない。国が平和である事を幼い頃から求めてきた。だが同じくらいに、もしかしたらそれ以上に、ミケーレの命を失いたくない気持ちの為に今此処に居る滑稽さに、ある意味賢者失格の行動に、思わず自嘲した。

 二段上に尊大に座る王と王子、その一段下にはそれぞれの側近と、王の側には将軍と思われる鎧の男。同盟国からの一座とは言え流石に気を許しては居ないのか、側近や臣下達の後ろにも兵の姿が見られる。この中に見方が一人だけ居る筈だった。その密偵も含め、出来るなら王も王子も生け捕らなければならない。
 座長が王と挨拶を交わし、宴が始まった。
楽器の突起を利用してそっと靴底を刺し、立ち上がる。演奏しながらあまり足を持ち上げずに踊り手の合間を縫い歩き、靴底に仕込んだ赤い粉末の火薬を絨毯の上に散らしていく。陽気な男の手によって、紙吹雪と一緒に米粒程の小さな球体が、見学している幹部の側にも撒かれる。クルキスは歌い手のコーラスをしながら外を見た。相変わらずよく晴れている。一時待たされた部屋の仕掛けも順調に発動しているだろう。一座の中央では大道芸の様な芸が披露され、さりげなく大きな筒が立たされた。数枚の布を自在に操る踊り手達が、舞の決まりであるかのようにその布を落としていく。怪しまれないように笑みを浮かべながら、クルキスは一座の首尾を見守った。
 太陽が空高く昇る。三曲続いた踊りも終盤だった。全てが配置される。それを待っていた様に、突然城内に轟音が響き渡った。ぐらぐらと部屋が揺れる。
「何事だ!」
 立ち上がった王が叫び、それを合図に、クルキスは中央に立てられた筒に火を付けた。一座の男達が女達を庇う様に伏せる。筒は火がついたまま前方に飛び散り、撒かれた火薬に飛び込んでいった。あっという間に四方に広がる。絨毯に撒いた火薬が勢い良く爆ぜ、混乱する臣下の足元に置かれた布が引火し、紫の煙が立上った。吸い込んだ者達は手足に痺れを覚え、次々と床に膝をついていく。別の布は異常なまでの黒い煙を上げて室内を霞ませる。頃合を見て逃げる事になっているが、一座の者達は煙に咳き込む者達から次々に剣を奪うと窓から捨てていった。
 バンダナを口に巻き、クルキスは王座に走った。楽器の一部を引き抜き、隠れていた刃を王に向ける。庇い立った近衛兵と火花が散る勢いで剣を交えた。長さがある分、やはり兵士の剣は重い。ギリギリと剣を合わせるが、その間にも横から脇腹に向かってくる剣を交わし、身を捩った勢いのまま剣を交わす正面の兵を蹴った。一応は武術も心得ている。だが訓練を積んだ兵士達を何時までも相手に出来る程の持久力は無い。
「動くな!」
 不意の大声にそちらに目を走らせると、首元に短剣を当てられた王子が立っていた。後ろから羽交い絞めにするのは、王子側に立っていた秀麗の男。驚いた顔をしていた彼は、直ぐにクルキスを見つめ、頷いた。
 クルキスは瞬時に全てを理解した。そしてその隙を突き、王を囲う兵士達に突っ込んだ。不利だが、どうしても此処で王を抑えなければならない。
「その者に手を出せば王子を殺す!」
 凛とした声が響き、兵の動きが止まった。だがそれでも、狙われているのは一国の王である。将軍と思われる男が、王を守るように立ちはだかった。
「どいて貰えませんか。貴方と戦う気は有りません。」
「それは出来無い。王を守るのは義務だ。」
 退治する二人に、王が叫んだ。
「お前達! そいつを殺せ!」
 怒りに顔を歪めた王は兵士に命令するが、クルキスの側には未だ刃物を当てられたままの王子が居る。兵達に動揺が走った。将軍が慌てて欧を振り返る。
「ですが、王子が・・・・・・!」
「構うな! もろとも殺せ!」
 我を失った王が叫ぶが、気後れした兵士達の動きは鈍い。加えて、此処に残り続ければ火と煙にまかれてしまう事も目に見えている。
 業を煮やした狂王は、近くの兵士から剣を奪い取り、クルキスに向かっていった。一撃目を避け、ニ撃目からを剣で受け止めるが、王の重い攻撃に押されていく。抑えきれずに後に倒れこんだ。
「死ね!」
 王が剣を振り上げた瞬間、突然背後に飛び降りてきた影がそれを受け止め、素早く繰り出した攻撃で王の手から剣がを弾き飛ばした。すぐさま王を後から羽交い絞めにして剣を当て、クルキスに顔を向ける。
「無事か?」
 全身鎧ではないが重厚な装備を軽々と着こなす長身、胸元に一房流れる金糸と、心配を宿した青く煌く瞳。戦場に居るからこその鋭さがクルキスを捉えた。
「・・・・・・あ、ああ。」
 信じられない思いのまま頷き、首を左右に振った。此処は戦場で、敵に囲まれているのだ。気を抜いている場合ではない。クルキスはミケーレの側に立ち、声を張り上げた。
「降伏しろ! さもなくば二人の命は無い!」
火の手が上がった部屋の中、熱と煙に苦しそうにしながら兵士達が戸惑っていた。遠くから多くの兵士達の怒号か聞こえる。隠し通路を利用したゼルディアの軍が城内に侵入したのだ。
「王! もう直ぐゼルディア軍が此処まで攻め寄せて来ます!」
煙に咳き込みながら告げに来た兵士の大声が合図だった。部屋に残っていた兵士達が、われ先にと逃げていく。
「くそっ! 裏切り者どもめぇっ!」
 もう叶わないと悟り、怒りに身を震わせた王が叫ぶ。憎しみに染まった瞳は、逃げていく兵士ではなく、息子である王子と、彼を人質に取った男に向けられていた。
「誰のお陰でこの国が成り立っていると思っている?! お前らの全ては誰の物だと思っているのだ!」
「国も王も、全ては民のものだ!」
「その通りです。」
 驕り高ぶった言葉にクルキスが反論すると、王子の静かな声が後に続いた。何時の間に拘束を解かれたのか、王の前に歩み出る。だが正確に言えば彼は拘束されたのではなく、側近である男の手を使って自らを拘束していたに過ぎなかったのだ。
「お前に王の資格は無い。」
 険しい顔で言い放ち、彼は父である王の鳩尾を殴りつけた。くぐもった声を上げ、王が意識を失う。王子は背を正すと、まだ剣を構えたままの将軍に向かって言った。
「我が国は負けを認めた。全軍に伝えよ。アウリーガェはゼルディアに降伏した、と。」
「王子・・・・・・貴方は・・・・・・。」
「・・・・・・これ以上、無用な血は流すな。お前も父のやり方には反対だっただろう?」
 その姿は、王に次ぐ暴君だという噂とは別人のようだった。
「・・・・・・御意。」
 剣を収め、将軍は煙の中に消えていった。それを見送り、腕を解かれた男が労わるように王子をそっと肩を抱き寄せた。ミケーレはマントを脱いでクルキスの体を覆い、捨て置いていた王を担いで一同を見た。
「早く避難を。」
 室内には既に数名のゼルディア兵士が入り込んでいた。倒れている大臣達を担ぐ正規軍兵士達と共に部屋を出た。廊下は煙で視界が良くないが、室内ほどではない。兵達は既に切り合いを止めていた。

 外に出ると、城の一部ではまだ火と煙が見えた。城から出火した事で士気低下と混乱を呼ぶ為にクルキスが仕掛けたものだ。芸を披露した部屋の火薬類はどちらかと言えば煙に重点を置いている。あの部屋の消火は難しくは無いだろう。
 ミケーレは王を救護所に運ばせ、城内から戻ったロンベルクと共にクルキスの後ろに立った。
「この国は、これからどうなる?」
 城を見つめていた王子が、クルキスを振り返る。
「最終的にはレオニス王が判断しますが・・・・・・兵による民への略奪及び暴力行為は、元より一切を禁じています。このまま王子が統治してもしなくても、民の安全は保障されるでしょう。」
 王子が少し不思議そうな顔をした。落とされた国は支配を受けるのが常である。だがクルキスは、レオニスがアウリーガェを存続させ、条件付で王子に後を継がせる事が予想出来ていた。傘下には入らせるだろうが、レオニスが直接王座につこうとはしないだろう。領土を広げる事に関してはあまり関心が無い男なのだ。
「クルキス様。ロンベルク将軍、ミケーレ副将軍。」
 王子の隣に控えていた秀麗の男が深々と頭を下げた。
「この度は私の意見を聞き入れて下さり、有難う御座居ました。」
「貴方が西の密偵だったんですね。」
「私の本当の名前は、アルフェラッツと申します。最後まで明かせず、申し訳御座いません。」
「・・・・・・頭を上げて下さい、王子。今回の成功は、貴方の正確な情報と、王子の協力のお陰です。」
「気付いていたのか?」
 顔を上げた男の隣で、王子は驚いたようだった。
「はい。貴方も本音では王の行動を良く思っていないと、アルフェラッツ殿から。ですからあれは、貴方の演技だろうと。」
「・・・・・・お前・・・・・・。」
「私は、義務と監視の為だけに貴方の側に居たわけでは有りません。」
 王子がアルフェラッツを見上げると、彼は優しく頬笑んだ。本音など漏らした事は一度も無かった。誰もが自分を暴君の息子だと言った。だがアルフェラッツは、常に王子の側で本当の姿を見ていたのだ。
「数年前、アウリーガェに滅ぼされたエルナトの当時の王は、私の父でした。あの戦の前から勉学の為に遠い他国に居た私は、難を逃れる事が出来たのです。そしてある方の密かな計らいにより、この国に潜り込む事が出来ました。」
「ある方とは?」
 ロンベルクはやや眉を潜めて男に尋ねた。
「アウリーガェの王家お抱えの神父様です。」
 老将は何処か呆れた苦笑を浮かべて首を振り、心当りでもあるのかと不思議そうな周囲を余所に、ミケーレに指示を出した。
「事情も分かったし、取り敢えず城には軍を配置して、王子たちは我が軍のキャンプへおこし願おう。落ち着くまで、アウリーガェ幹部と兵達は広間に。」
「はっ。」
 敬礼してミケーレが去る。クルキス達は促されるまま、正規軍キャンプに戻った。出迎えた一座の無事を確認すると、手伝いの為、直ぐに救護テントに向かった。最初は誰なのか分からないまま接した救護班は、クルキスの容姿の変貌振りに驚く事になる。

 呆気なくも無事終えた作戦に、そして何よりミケーレが無傷だと言う事に満足しながら、クルキスは返しそびれてしまったミケーレのマントに包まっていた。思い出すのは今朝触れた手の平、短い言葉に込められた願い。戦場で見せた鋭い瞳。今も忘れられない、一瞬だけのキス。
 一方的に終わりを着き付けた。嫌われて当然の事をした。それでもミケーレはまだ自分を・・・・・・。
 自惚れでは無いと思える熱を唇に残した彼を抱き締めたかった。レオニスが婚約の話しさえ持ち出さなければ・・・・・・否、それをものともしない力と自信があれば、もっと素直に色々な事を喜べただろう。
 ミケーレ達は後処理の為に数日残る事になるが、此処で自分がやるべき事は終えた。クルキスは明日の朝此処を発つつもりでいた。ミケーレのマントにくちづけ、その香りに包まれながら、クルキスは睡魔に目を閉じた。










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